生物兵器の残虐性や影響

国際紛争で生物兵器の使用が取りざたされるに伴い、生物兵器の残虐性や影響力の大きさから使用を抑制しようとの動きがでてきました。1969年に米国のニクソン大統領は生物兵器の開発を中止し、1972年に細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約(生物化学兵器禁止条約)が締結しました。現在、条約締約国や地域は182か国になっており、日本も条約開放日に署名して1982年6月8日に批准しています。現在、ウクライナを侵略し生物化学兵器の使用をほのめかすロシアも実は締約国に入っているのです。生物兵器などの大量破壊兵器の使用が抑制されている最中、2003年に米英政府はイラクのフセイン政権が大量破壊兵器を保有しているとの報告を根拠にイラク侵攻を正当化しました。

しかし、その報告の根拠となった情報が間違いであることが明らかとなり、英国のトニー・ブレア首相がメディアでイラク侵攻が誤りであったことを認めて謝罪しました。ところが実際に生物剤が使われたのは、2001年9月18日と10月9日にアメリカの大手テレビ局や出版社、上院議員に対して炭疽菌が封入された容器の入った封筒が送り付けられたバイオテロ事件になります。炭疽菌の感染により5名が肺炭疽により死亡し、17名が負傷するに至りました。使用された炭疽菌の遺伝情報から陸軍感染症医学研究所の獣医師である炭疽菌研究者に疑いがかけられたもの、2008年8月1日に被疑者が自殺することにより真相の解明が困難となり闇に葬られることになりました。以後、生物兵器の使用が噂されているのが、今回のプーチン大統領によるウクライナ侵略戦争になります。

生物剤や生物兵器の特徴を述べると、まず安価で作成できることです。そして作成が容易で、人間や動物など広範囲に利用できることです。発症までに時間がかかり、その検出が困難であることや、二次感染がありパニックを引き起こすことも重要な特徴になります。そして、生物兵器では実行者を守る方法が確立しており、経済的な被害が甚大であることも重要となります。因みに2,000ドルをかけた通常兵器と同等の被害を与えるのは、核兵器では800ドルであり、生物兵器でたった1ドルともいわれています。アメリカの疾病管理予防センター(CDC)はバイオテロとして最も優先度の高い感染症(病原体)をカテゴリーAとし、優先度が二番目に高いものをカテゴリーB、優先度が三番目に高いものをカテゴリーCとして分類しています(表1)。ご覧のようにほとんど全てが人獣共通感染症の病原体になっています。


以上のように生物兵器の開発や実行にあたって獣医師が関わる可能性が極めて高いといえそうです。現代の民主主義国家で獣医学教育を受けた日本の獣医師が医療倫理にも反する戦争目的での生物兵器に積極的に関わることはないと思います。しかし、生物兵器の対象となる人獣共通感染症は医療とともに獣医療でも重要な感染症であり、その発生に当たっての適切な治療や予防法を開発する民生用途の応用研究は非常に重要な研究テーマとなります。