生物兵器が使われた国内の事件

私が農林水産省動物医薬品検査所に勤務している時に、日本細菌学会に参加する機会がありました。その時、ある大学教授が黄色ブドウ球菌の新たな毒素を精製し、マウスの皮膚を使って毒作用を明らかにした報告がありました。講演後の討論で著名な細菌学者である初老の医師が、どうしてヒトを使った実験をしないのかと質問したことに驚いたことがありました。戦後随分と時が過ぎているものの、今でも人体実験を考える発想が医学会に残っていることに衝撃を受けました。また、日本でのバイオテロといえば幸いなことに成功はしませんでしたが、オウム真理教による事件があります。1993年の6月と7月に亀戸の教団新東京総本部付近で強烈な悪臭が漂い住民が教団に抗議する事件が発生しています。地下鉄サリン事件による強制捜査により、この異臭事件はオウム真理教による炭疽菌を使用した生物兵器テロ未遂事件であることが明らかになりました¹⁾。分離株の遺伝子解析の結果、動物用炭疽生ワクチンの弱毒株でありました(図1)


▲図1:採取した液体を血液寒天培地で培養したコロニー¹⁾


弱毒株では成功するわけはなく、弱毒株を遺伝子操作して病原性が強く、抗菌薬に耐性を示す強毒株にしようとしていたのかもしれません。また、同時に生物兵器として致死性のボツリヌス菌毒素の研究もしていたことが分かりました。亀戸の悪臭事件に近い1994年に北海道において牛のボツリヌス症の最初の発生が報告²⁾され、オウム真理教との関連が疑われ大騒ぎとなりましたが、明確な証拠を明らかにすることはできませんでした。

これらの生物兵器の研究は、北海道出身の獣医師が主導し、松本サリン事件の実行犯、地下鉄サリン事件のサリン生成の責任者を務めたとして死刑が下されました。死刑囚は国立大学の獣医学科を卒業した後に京都大学ウイルス研究所でウイルス学を専攻し、遺伝子について研究する中で生命とは何かとの疑問の中で精神世界に傾倒していったようです。もし、獣医学の進展にその才能を発揮しておれば、間違いなく有能な研究者として世界的に活躍していたであろうと思うと残念でなりません。