まとめ

以上の結果から、生後1年間のペットや兄弟姉妹との接触は、いずれも学童期におけるアレルギー性鼻炎および喘息の有病率の低下と関連していたと結論付けられました。ここで思い出すのは「衛生仮説(hygiene hypothesis)」です。元NEWSのメンバーである山下智久さんが主演した「インハンド」という番組でも取り上げられましたので、記憶に残っておられるかも知れません。これは1989年に英国の疫学者であるStrachanが提唱したアレルギーの発症に関する概念です³⁾。衛生仮説を説明すると英国で生まれた17,414名の小児を23年間追跡し、11歳、23歳の気管支喘息や1歳までの湿疹保有率は兄弟姉妹(同胞)数が多い程低下しており、生まれた順が遅い程アトピー性素因の抑制効果があるというものです。

同胞数が多いということは、風邪やケガ、それに屋外から多くの微生物を室内に持ち込む機会が多いため、末の弟や妹は幼少期から多くの微生物に曝されて免疫の発達が促進し、アレルギー疾患の発症を抑制するというものです。逆に言うと乳幼児期に微生物の刺激がないと、免疫の発達が不十分でアレルギー疾患の発症に繋がるということになります。衛生仮説の同胞と同じ効果を示すのが、前述した論文の幼少期におけるペットとの接触になるわけです。ではどのくらいの数のペットを飼育するとアレルギー疾患を予防するのでしょうか?


前報を報告したスゥエーデンのHesselmarらはこの問題に対する継続した研究報告をしています⁴⁾。この研究では、生後1年間の猫や犬の飼育とその後のアレルギー発症との間に用量依存的な関連があるかどうかを調査したものです。結果は生後1年間の家庭の猫や犬の数が多いほど、アレルギー症状(喘息、アレルギー性鼻結膜炎、湿疹のいずれか)が少なく、用量反応的な関連が見られたというものです(図2)


これまでのアレルギー歴はペットを飼っていない人の49%から5匹以上飼っている人の0%に減少し、昨年のアレルギー症状は32%から0%に減少しました。出生時から経過を観察する出生コホート研究でも同じ傾向が認められました。また、花粉と同様に動物に対する感作も、世帯内の動物数の増加とともに減少していました。以上のことから、7~9 歳児のアレルギー疾患の有病率は、生後 1 年間に同居する家庭内ペットの数によって用量依存的に減少し、猫や犬がアレルギー発症を防ぐ効果があることが示唆されました。

国民のアレルギー疾患が社会問題化している状況から、ペットの飼育がアレルギーの抑制効果があるとの論文は非常に興味深く思われました。これまでは家庭内で多くの兄弟姉妹が生活を共にしてアレルギー疾患を抑制していたものが、近年の少子化や清潔志向から家庭内で同胞間の細菌による交差感染の機会が減少したことがアレルギー疾患の急増につながったとの報告もされています。紹介した論文は、同胞の代替としてペットがなりうることを示唆するもので、アレルギー疾患という国民病に対して獣医学分野から貢献できる可能性を秘めています。現在、犬の飼育頭数の減少傾向がいわれており、ペットの新たな効用としてもっと一般に広めても良い研究内容ではないかと考えてしまいます。今回の事象の詳細なメカニズムは不明のようですが、ペットの腸内細菌叢由来のアレルギー抑制細菌または細菌由来の物質が関与する可能性が考えられています。さらなる研究の進展により、ペットの飼育がアレルギーを抑制するとの常識が広く国民の中に浸透することを期待して止みません。


1)厚生労働省:アレルギー疾患の現状等 2016年2月3日 日本人のアレルギー疫学.pdf
2)Hesselmar B, Åberg N, Åberg B, et al.: Does early exposure to cat or dog protect against later allergy development? Clinical and experimental allergy. 1999; 29:611–7. PMID: 10231320
3)呉 艶玲,山崎曉子,毛曉全,白川太郎:アレルギーと衛生仮説 化学と生物学 44:21-26.
4)Hesselmar B, Hivke-Roberts A, Lundell A, et al.: Pet-keeping in early life reduces the risk of allergy in a dose-dependent fashion. PLOS ONE 13(12): e0208472. https://doi.org/10.1371/journal. pone.0208472


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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