コアラと感染症

一方、感染症の流行もコアラの生息数を減少させる大きな要因となっています。特にクラミジア感染症(Chlamydiosis)の流行が脅威となっていることが報道されています²⁾。日本では馴染みがない感染症と考えられることから、少し詳しくコアラのクラミジア感染症について紹介したいと思います⁴⁾。

クラミジアはグラム陰性の球形をした偏性細胞内寄生菌です。主な原因はChlamydia pecorumとされ、哺乳類のみに感染してコアラだけでなく反芻動物、豚、バンデイクート形目の動物(有袋類でオーストラリアに生息)に感染します。5つの遺伝子型が知られ、A型とE型がコアラ特有とされています。C. pecorumは眼や泌尿器から分離されますが、一般に不顕性感染のようです。また、ヒトに感染するC. pneumoniaeもコアラや、爬虫類、カエル、馬からも分離されています。病原性はC. pecorumの方が強いようで、コアラの重症クラミジア感染症はC. pecorumによって引き起こされています。ある研究ではブリスベン南方の野生コアラ 28 頭のうち、C. pecorum に 73%が感染していましたが、臨床症状を示したのは 17%だけで多くは不顕性感染していました。同じ集団の中で 7 頭のコアラがC. pneumoniaeに感染していましたが、臨床症状を示した個体はありませんでした。感染経路は、一般的に直接接触またはエアロゾルと言われています。これには乳児へ給餌時の経口感染や、眼や尿路からの分泌物による直接感染、さらには精液を介した交尾による性感染などが考えられます。無脊椎動物のベクターによる感染も報告されています。C. pecorumは乾燥にも強く、ユーカリの葉に 3 日間暴露しても感染力を維持したという報告があります。潜伏期間は、眼病型では 7~19 日、尿路型では 25~27 日とのことです。


感染したコアラは、角結膜炎や、尿路、生殖器に炎症を引き起こします。急性の眼病型コアラは、眼瞼痙攣を起こし、漿液状の分泌物が出て、進行すると粘液状になります(図2)


▲図2.クラミジア感染症に罹患したコアラ
Chlamydia- new hope for koalas – Australian Wildlife Protection Council (awpc.org.au)




症状が現れてから2週間以内に結膜組織が充血して腫れ始め、時間の経過とともに結膜組織が増殖して瞼縁を越え、眼球が完全に見えなくなることがあります。尿路型コアラは、常に尿で濡れているため、褐色のシミができ尻の周りの毛が濡れています。生殖管に感染した場合は無症状のことが多く、その存在を示す唯一の兆候は繁殖力の低下です。

生殖管にできる痛みの伴う嚢胞が形成されることによります。ある研究では、クラミジアに感染していない雌がクラミジアに感染した集団に移された後、繁殖力が 71%から 23%に低下しました。治療は一般的にフルオロキノロン系薬やクロラムフェニコールなどの抗菌薬の投与が行われます。ただし、抗菌薬はコアラのユーカリを分解する腸内細菌叢にも影響を与え、治療後にユーカリを食べることができずに餓死する個体もあるようです。したがって、抗菌薬の投与時に大豆ベースの植物性ミルクや低乳糖の粉ミルクを補助的に与えています。このことで体重を維持することができるようです。

ただし、治療は慢性感染症に陥ったコアラに対してであり、抗菌薬を投与しても血中濃度が低いため、病原体が完全に排除できないとも言われています。そこでコアラをクラミジア感染症から守るためにワクチンによる予防が精力的に検討されています。中でもサンシャイン・コースト大学のTimms教授のグループが開発したC. pecorumの表層にある主要外膜タンパク(MOMP)を組み換え技術で作成したワクチンは、感染していたコアラに単回接種したところ、接種後 6 カ月で有意に感染が回避されることを報告しています⁵⁾。



以上のように動物園で我々を楽しませてくれるコアラですが、森林火災やクラミジア感染症の蔓延で絶滅の危機にあるのです。森林火災を防ぐことは、現時点で非常に困難な課題です。今回の火災の原因として考えられるのは、空気の乾燥と降水量の減少、温暖化による気温の上昇、油分を多く含む樹木の群生などが挙げられており、地球の温暖化とも密接に関連しているようです。また、森林火災には自然発火とともに、焚火やタバコの消し忘れなどの人為的な原因も考えられます。森林火災を防ぐためには、地球規模での温暖化対策を推進するとともに、アウトドア活動における火の始末を完全に実施するなど地道な努力が求められます。

また、クラミジア感染症についても、森林火災などでストレスがかかっているため多くのコアラが易感染状態にあることが感染を容易にしています。多くのコアラは不顕性に感染しており、発症しているコアラの治療に抗菌薬が使われていますが完全に治癒させることが困難な状況です。そこで感染症予防の切り札としてワクチン開発が進められています。ヒトやコアラ以外の動物のクラミジア感染症に対しても有効なワクチンが全くない状況から、非常に難しいワクチンであると思われます。

また、コアラがオーストラリア固有の動物であることから研究者が限られていることもワクチン開発が進まない理由かもしれません。ところで最近の疫学研究で、カンガルー島のコアラには全くC. pecorumの感染が認められませんでした⁶⁾。このことは家畜伝染病対策として実施されるような感染個体を隔離して、感染の無い個体数を増やすような方策がとれる可能性があります。いずれにせよ生態系の貴重な構成員で世界各国の人達に癒しを与えてくれる希少種のコアラを救うために、我われができることを直ぐに実践するなど地球規模での対応が求められています。



1)HuffPost:オーストラリアの森林火災の悲惨さ。最大8000頭のコアラが犠牲
https://www.huffingtonpost.jp/entry/australia-bushfires_jp_5e12d5abe4b0b2520d24412b
2)CNNニュース:コアラ激減させるクラミジア 気候変動で状況はさらに悪化
https://news.yahoo.co.jp/articles/ccdf947c4d4d1290b164369c1c647afe96905be9
3)時事ドットコムニュース:受難のコアラ6万匹超 豪の大規模森林火災―WWF
2020年12月7日 https://www.jiji.com/jc/article?k=2020120700662&g=int
4)Wildlife Health Australia:Chlamydia in koalas  Fact sheet Feb 2014
https://wildlifehealthaustralia.com.au/Portals/0/Documents/FactSheets/Mammals/Chlamydia%20in%20Koalas%20Feb%202014%20(1.1).pdf
5)Desclozeaux M et al.: Immunization of a wild koala population with a recombinant Chlamydia pecorum Major Outer Membrane Protein (MOMP) or Polymorphic Membrane Protein (PMP) based vaccine: New insights into immune response, protection and clearance. PLos One 2017 Jun 2;12(6):e0178786.
doi: 10.1371/journal.pone.0178786. eCollection 2017.
6)Fabijan J et al.: Chlamydia pecorum prevalence in South Australian koala (Phascolarctos cinereus) populations: Identification and modelling of a population free from infection.
Sci Rep 2019;9:6261 doi:10.1038/s41598-019-42702-z


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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