慶應義塾大学大学院薬学研究科の大谷 祐貴(博士課程 3 年)、木村 俊介准教授、長谷 耕二教授の研究グループは、眼と鼻をつなぐ涙の通り道(涙道)にある「M 細胞」※1 という特殊な細胞が、アレルギー性結膜炎の悪化に関わることを発見しました。
眼は花粉やホコリなどの異物にさらされていますが、それを洗い流すために涙が流れています。この涙が通る「涙道」には、涙道関連リンパ組織(TALT)※2 と呼ばれる免疫の監視塔があります。研究グループはこれまでに、TALT 表面には M 細胞が存在し、涙道に流れてくる異物を取り込んでいることを示してきました。本研究では、TALT において M 細胞が欠損する遺伝子改変マウスを作出しました。そして、M 細胞の欠損により TALT へ異物の取り込みが減少し、異物に対する免疫監視能が鈍ることを見出しました。一方で、M 細胞欠損マウスにアレルギー性結膜炎を誘導すると、結膜炎の症状が緩和することが判明しました。また、アレルギー反応の原因となる IgE※3 抗体を産生する細胞の数も低下していました。これらの結果から、M 細胞は涙道のアレルギー誘因物質を取り込み、TALT におけるアレルギー反応の促進にも関与することが明らかとなりました。これは、M 細胞の機能を調節することで、アレルギー発症を抑制できる可能性を示しています。本研究成果は 2025 年 2 月 1 日に国際学術誌『Mucosal Immunology』(オンライン版)に掲載されました。

ニュース概要
1.本研究のポイント
M細胞が異物を取り込むことで、TALTの免疫が活性化することを発見した
アレルギー性結膜炎の発症時に、M細胞がアレルギー反応を強めることを確認した
M細胞の機能を調整することにより、アレルギー症状が軽減されることが示唆された
2.研究背景
眼は日常的に花粉やホコリ、細菌、ウイルスなどにさらされており、これらが原因でアレルギーや炎症が起こることがあります。そこで眼の表面を守るために涙が異物を洗い流し、涙道を通って鼻へと流れていきます(図 1)。この涙道には、涙道関連リンパ組織(TALT)という免疫組織があり、眼に入る異物を監視していると考えられていました。
研究グループは、以前の研究で TALT には「M 細胞」と呼ばれる特殊な細胞が存在することを発見しました。この M 細胞は、腸でよく研究されており、異物を取り込んで免疫の働きを調整する役割を持っています。今回の研究では、この M 細胞の働きが眼のアレルギー反応を引き起こすのではないかと考え、そのメカニズムを詳しく調べました。
アレルギー性結膜炎による眼の痒みは生活の質を大きく低下させます。花粉症による季節性のものを含めると、日本人のおよそ 48.7%※4 がアレルギー性結膜炎に罹患していると推定されています。主症状であるアレルギーは花粉抗原などに対する過剰な免疫応答によって引き起こされ、発症には Th2細胞や IgE 陽性細胞など多くの細胞が関与します。しかしながら、これらの細胞がどこで誘導されているのかは明らかになっていませんでした。

図 1 TALT は眼の抗原をモニターするリンパ組織である
眼の表面を洗い流した涙液は涙道を通り鼻に排出される。その途中に TALT は存在する。TALT の免疫細胞は、涙道管腔に存在する抗原やアレルゲンと上皮によって隔てられている。
3.研究内容・成果
涙道 M 細胞欠損マウスの作製に成功
初めに、M 細胞欠損マウスの作製を試みました。以前の研究により、本研究グループは腫瘍壊死因子(TNF)スーパーファミリーのサイトカイン RANKL が TALT M 細胞の誘導因子であることを明らかにしています。そこで、RANKL の受容体である RANK を、TALT の上皮で欠損させたマウスを作製しました。予想通り、TALT で M 細胞が欠損していることが確認できました(図 2A)。このマウスの鼻腔と腸管には M 細胞が残っていたことから、TALT に限定した M 細胞欠損に成功したと考えられました。
M 細胞は TALT の免疫応答に重要である
このマウスの TALT では、抗体産生に重要な胚中心 B 細胞と濾胞性ヘルパーT 細胞が減少していました(図 2B)。この結果から、M 細胞は TALT における免疫応答の誘導に重要であることがわかりました。

図 2 TALT M 細胞は定常状態における TALT の免疫応答に重要である
(A)Sox8(緑)と Tnfaip2(赤)で標識される M 細胞が作製した TALT 上皮 RANK 欠損マウスでは認められなかった。(B)TALTM 細胞欠損群では胚中心 B 細胞と濾胞性ヘルパーT 細胞が減少した。
TALT はアレルギー結膜炎の免疫誘導部位である
卵白アルブミン(OVA)抗原と、アジュバントであるコレラ毒素(CT)をマウスに点眼すると眼を掻く様子が確認されました。このとき、結膜組織におけるマスト細胞の脱顆粒や、血清中の OVA抗原特異的な IgE 抗体が認められました。これらはアレルギー性結膜炎患者でも認められる現象です。さらに、TALT におけるアレルギー関連細胞を調べてみたところ、Th2 細胞や IgE 陽性胚中心 B細胞、濾胞性ヘルパーT 細胞が誘導されていました(図 3)。

図 3 TALT はアレルギーに関連する免疫細胞の誘導組織である
(A)アレルギー性結膜炎モデルの概略図。Okano et al. Immunity. 2022 を一部改変。(B)アレルギーの誘導によって、TALT において Th2 細胞、IgE 陽性胚中心 B 細胞、濾胞性ヘルパーT 細胞が増加した。
M 細胞はアレルギー性結膜炎を悪化させる
TALT M 細胞欠損マウスにアレルギー結膜炎を誘導しました。その結果、眼の痒みやマスト細胞の脱顆粒が減少しており、M 細胞の欠損によりアレルギー症状が緩和することがわかりました(図4A)。M 細胞欠損マウスでは IgE 陽性胚中心 B 細胞と濾胞性ヘルパーT 細胞が減少していました(図4B)。これらの結果から、M 細胞による抗原取り込みが TALT のアレルギー関連細胞を誘導し、結膜炎を悪化させていると想定されました。
本研究により、TALT が眼粘膜の抗原に対して免疫応答し、定常状態における眼粘膜抗原の免疫監視だけではなく、アレルギーの悪化にも関与することが明らかになりました(図 5)。

図 4 TALT M 細胞による抗原の取り込みはアレルギー性結膜炎を悪化させる
(A)M 細胞欠損によって、眼の痒みの指標である眼掻き行動は減少した。(B)M 細胞の欠損により、TALT において Th2 細胞に変化は認められなかった一方で、IgE 陽性胚中心 B 細胞と濾胞性ヘルパーT 細胞は減少した。

図 5: 本研究の概略図
4.今後の展開
TALT に関する研究報告は数報に留まり、研究規模も未だ小さいので、眼粘膜免疫の研究の進歩に貢献すると考えられます。また、M 細胞からのアレルゲン・抗原の取り込みを制御することで、花粉症によるアレルギー性結膜炎の抑制や点眼投与による粘膜ワクチンへの応用も期待されます。
<原論文情報>
・タイトル: Tear duct M cells exacerbate allergic conjunctivitis by facilitating germinal-center reactions
・著者名: Yuki Oya, Shunsuke Kimura*, Maho Uemura, Yumiko Fujimura, Koji Hase*(*責任著者)
・掲載誌: Mucosal Immunology
・DOI: 10.1016/j.mucimm.2025.01.009.
・掲載URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1933021925000091
<用語説明>
※1 M 細胞:
微絨毛を持たず、不規則なひだ状の突起(microfold)を持ち、薄い膜状(membranous)の形態であることから、それらの頭文字を取って命名された上皮細胞です。腸管や気道のリンパ組織を覆う上皮に存在し、抗原を管腔から取り込んで上皮下の免疫細胞に受け渡すことで免疫応答を誘導します。M 細胞は恒常性維持のための免疫応答に重要である一方で、感染性細菌などの侵入口としても利用されてしまいます。
※2 涙道関連リンパ組織(TALT):
TALT は tear duct-associated lymphoid tissue の略語です。ヒトやマウスなどの涙道に存在するリンパ組織です。
※3 IgE 抗体:
I 型アレルギーの発症に特に重要な抗体です。マスト細胞の細胞表面の IgE 抗体が抗原に結合すると、マスト細胞の脱顆粒を引き起こし、アレルギーを発症させます。
※4 2017 年日本眼科アレルギー研究会有病率調査(日本眼科アレルギー学会診療ガイドライン)による、アレルギー性結膜疾患の有病率となります。