マウス肺におけるsingle cell RNA sequencing (scRNA-seq)や細胞脂肪染色を行い、肺脂肪線維芽細胞の表面マーカーとしてintegrin α8を同定し、またこれを用いて直接単離が可能であることを発見しました。
肺胞上皮組織幹細胞である2型肺胞上皮細胞との共培養により、肺脂肪線維芽細胞の幹細胞ニッチ能の評価が可能となりました。
この発見により、脂肪線維芽細胞を含めた肺線維芽細胞の多様性や機能的な差異についての理解が深まり、線維芽細胞研究のさらなる発展や、将来的には、先天性肺疾患や、肺線維症等の線維芽細胞関連肺疾患の病態解明につながることが期待されます。

※本研究成果は、英国医学雑誌「Respiratory Research」に日本時間 2025 年 1 月 13 日に公表されました。

ニュース概要

<概要>
浜松医科大学再生・感染病理学講座の深田充輝医師(大学院生)、榎本泰典助教、岩下寿秀教授らの研究チームは、肺の線維芽細胞 *1の1つである肺脂肪線維芽細胞*2の細胞表面マーカーとしてIntegrinα8(ITGA8)を同定し、またこれを用いて、本細胞を直接単離し、網羅的遺伝子解析及び機能解析に成功しました。

<研究の背景>
ヒト、マウスともに、肺には線維芽細胞という間質を支持する細胞が存在しています。肺線維芽細胞にはいくつかの種類が報告されており、その中の1つである脂肪線維芽細胞は、肺の発生、サーファクタント産生 *3 、組織修復や線維化プロセスにおいて重要な役割を担っていると推測されています。しかし、これまでこの細胞に対する直接単離法は確立されておらず、その特性解析は不十分でした。
そこで今回我々は、細胞脂肪染色やフローサイトメトリー *4 、さらに近年開発された新技術であるsingle cell RNA sequencing (scRNA-seq) *5 やオルガノイド幹細胞培養法 *6を用いて、この問題にアプローチしました。

<研究手法・成果>
フローサイトメトリーに適用可能な細胞表面マーカーを探索した結果、肺にもともと存在する線維芽細胞が、ITGA8陽性細胞 *7 とSCA1陽性細胞の少なくとも2つの主要な集団に分類されることがわかりました。そしてこの2集団を軸に、細胞内脂質含有量、scRNA-seqによる網羅的遺伝子発現、オルガノイド幹細胞培養法による肺胞幹細胞ニッチ能 *8といった特性を、分析・比較しました。
ITGA8陽性肺線維芽細胞は、SCA1陽性線維芽細胞と比較して、細胞内脂肪滴 *9 を高率に含んでいました(LipidTOX染色で91.0±1.5% vs 5.0±0.5%)(図1)。独自データを含む2つのscRNA-seqデータセットを評価したところ、ITGA8陽性肺線維芽細胞は、従来から脂肪線維芽細胞のマーカーとして知られているTcf21とPlin2を高発現していることがわかりました。また、ITGA8陽性肺線維芽細胞は主に肺胞領域、特に2型肺胞上皮細胞の近傍に存在していることがわかりました。一方でSCA1陽性肺線維芽細胞は、気管支や血管の周囲に局在していました(図2)。ITGA8陽性線維芽細胞は、2型肺胞上皮細胞 *10 の支持因子として知られるFgf10やFgf7の高いmRNA発現を有していますが、オルガノイド形成能はSCA1陽性線維芽細胞より低く、その他の因子がより重要であることが示唆されました(図3)。
なお、若齢(新生児)・成体・老齢のいずれの世代のマウスでも、ITGA8は肺脂肪線維芽細胞のマーカーとして維持されていることがわかりました。興味深いことに、同じITGA8陽性線維芽細胞同士を比較した場合、脂肪含有量は若齢において最も高いことがわかりました(図4)。

<今後の展開>
本研究の成果により、ITGA8が肺脂肪線維芽細胞を特異的に識別し得る有用なマーカーであることが示されました。また、本細胞の特性や機能に関する新たな知見が追加され、肺線維芽細胞の多様性と機能的な差異についての理解が深まりました。線維芽細胞は、肺の発生や再生に強く関連しており、先天性肺疾患や、肺線維症などの線維芽細胞関連肺疾患に対するさらなる病態解明につながる可能性があります。

<用語解説>
*1 線維芽細胞:
上皮と上皮の間の間質というスペースに存在し、コラーゲンなどの成分を分泌する細胞。
*2 肺脂肪線維芽細胞:
線維芽細胞の中で、細胞質に脂肪を含んでいる細胞。
*3 サーファクタント:
肺の表面張力を低下させる物質。
*4 フローサイトメトリー:
蛍光レーザーを利用して、不均一な混合液中の細胞の解析や選別をする技術。
*5 single cell RNA sequencing (scRNA-seq):
次世代シーケンサーを用いて、個々の細胞が保持している mRNA 全体を網羅的に調べる方法。
*6 オルガノイド幹細胞培養法:
幹細胞をゲル内などの環境で、三次元的に培養する方法。
*7 “XXX”陽性細胞:
”XXX”というタンパク質を発現している細胞。
*8 肺胞幹細胞ニッチ能:
肺胞における幹細胞をサポートする能力。
*9 細胞内脂肪滴:
細胞の中に存在する中性脂肪の塊。
*10 2 型肺胞上皮細胞:
肺の末梢に存在する肺胞は、1 型 2 型の 2 種類の上皮細胞から構成される。2 型肺胞上皮細胞は肺胞上皮の組織幹細胞であり、分化細胞である 1 型肺胞上皮細胞を生み出す能力を持つ。

<発表雑誌>
Respiratory Research (DOI:https://doi.org/10.1186/s12931-025-03103-1)

<論文タイトル>
Integrin α8 is a useful cell surface marker of alveolar lipofibroblasts

<著者>
深田 充輝、榎本 泰典、堀口 涼、青島 洋一郎、目黒 史織、河崎 秀陽、小杉 伊三夫、藤澤 朋幸、榎本 紀之、乾 直輝、須田 隆文、岩下 寿秀

<研究グループ>
国立大学法人浜松医科大学 再生・感染病理学講座
同 内科学第二講座呼吸器内科グループ

<研究支援>
本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(科研費番号 21K06947及び24K11361)の支援によって行われました。

<参考図>





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