AIMによる予防・治療効果

この問題に対して、東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター分子病態医科学部門教授である宮崎徹先生が研究に取り組んでいます³⁾。まず、先生はプログラムされた細胞死であるアポトーシスを阻害するマウスマクロファージ特異的な新しい血中タンパク質としてAIM(apoptosis inhibitor of macrophage)を発見しました⁴⁾。AIMは抗体の一種である免疫グロブリンM(IgM)に結合した形で存在し、健康時には不活性の状態になっています。体内で細胞の死骸や死細胞から放出される炎症を惹起する因子などの老廃物が溜まってくると、AIMはIgMから離れ体内で老廃物と結合することでマクロファージを始めとする食細胞に貪食され不要な物質が除去されるのです。このことで病気にならずに済むことになります。しかし、生まれつきAIMの量が少なかったり、AIMが十分に機能しなかったりすると、生体にとって不要な物質が蓄積され病気になってしまいます。したがって、不足するAIMを補充することにより発症を予防したり、病気の進行を止めて治療につながるはずです。


先生の研究グループはこれまで腎臓病、脳梗塞、腹膜炎、肝臓がん、肥満や脂肪肝などの病気をマウス試験でAIMにより予防・治療できる可能性を報告しています。医師である先生が何故猫のCKDに興味を持ったのかは聞いてみたいと思いますが(予想だと愛猫家であると思われますが・・・)、腎臓に老廃物が蓄積しても猫のAIMがIgMから離れることができず、近位上皮細胞による貪食が抑制され慢性の炎症が生ずることが猫のAKIの重要な原因であることを明らかにしました⁵⁾。老廃物は近位上皮細胞が強く発現するKIM-1(kidney injury molecule-1)を介して貪食されます。図2に模式図を示していますが、猫AIMはマウスAIMの約1000倍の強さでIgMに結合しており、IgMから離れないために老廃物を除去できないのです³⁾。


▲図2:猫の急性腎障害の発症メカニズム³⁾


つまり、猫AIMはマウスやヒトAIMと異なり、AKIが生じても活性化せず尿中に移行しないのです。

その結果、猫ではAKIが生じても腎臓の機能は回復せずにCKDに移行してしまう可能性が高いのです。研究グループはこのことを確認するために、AIMを猫型に遺伝子改変したマウス(AIM猫化マウス)を作成して詳しく調べました。図2cにAIM猫化マウス(Felinised)と野生型マウス(Wild-type)について、クリップで人工的に虚血再灌流(IR)⁶⁾を実施することによりAKIを発症させて観察したところ、AIM猫化マウスでは血清クレアチニン濃度が高まるのに対し、野生型マウスでは徐々に血清クレアチニン濃度がIR以前に戻っています。

この時、AIM猫化マウスではIR後3日目で全てのマウスが死亡するのに対し、野生型マウスでは80%が生残しており、猫AIMが機能していないことを示しています(図3d)


▲図3:AIM猫化マウスにおける虚血再灌流(IR)後の腎機能障害⁵⁾
   AIM 猫化マウス(Felinised,n=6)と野生型マウス(Wild-type,n=7)



このことから猫ではAIMが十分に機能していないことからAKIになるのですから、AIMを補えばAKIを防ぎ、ひいてはCKDを防げるはずです。そこでAIM猫化マウスに組み換え技術で作成したマウスAIM(rAIM)を投与した実験が図4になります。


▲図4:rAIM投与によるAIM猫化マウスのAKIの改善効果5)
   AIM猫化マウス(n=4,黒点線)とrAIMを投与したAIM猫化マウス(n=7,赤線).▼;rAIM 1mg投与.




図4aでrAIMを投与しないマウス(rAIM(-))はIR後3日目に全て死亡したのに対し、rAIMを投与する(rAIM(+))と80%生残しました。この時、血漿クレアチニン濃度もIR前の値に戻りつつあり(図4b)、AKIに対するAIMの補充療法の有効性を示す結果となりました。また、不活化しているAIMを活性化する薬剤も治療薬になる可能性がありますし、ペットフードに入れる飼料添加物として投与することもAKIを予防するかもしれません。

以上のようにマウス実験ではあるものの、猫にとって寿命にも深く関連するCKDの原因療法を確立する可能性が示されました。
しかし、大学で研究を実施しても実用化は困難であることから、製薬企業にも働きかけを行ったようです。特に製剤化研究と臨床研究には莫大なお金がかかりますし、製造設備も必要になり、大学だけでは到底研究を進めることができません。

当初は製薬企業もAIM治療薬の開発に関する共同研究に乗らなかったようで、そこで宮崎先生が取った手が先に紹介した治療薬開発のためのクラウドファンデイングだったようです。そうすると2週間で1.4億円の寄付金が東京大学に殺到したようです。これはニュースでも取り上げられるほどの驚く内容であり、愛猫家にとって極めて深刻な状況を反映しているとも考えられます。

製剤開発のための研究資金は得られたのですが、どこの大学でも同じで開発研究を進めるに当たって様々な制約があり、それが研究の進捗を阻害します。そこで宮崎先生は大学から離れ、AIMに関する研究を総合的かつ集約的に推進し、その成果の実用化を加速するため2022年4月から一般財団法人AIM医学研究所(https://iamaim.jp/)を立ち上げることになったようです。ほとんどの研究スタッフも大学からAIM医学研究所に異動するとのことで、猫AIMの開発が一段と加速することが期待されます。

 

1)アニコムホールディングス株式会社:アニコム「家庭どうぶつ白書2021」 2021年12月6日  家庭動物白書2021.pdf
2)動物の医療と健康を考える情報サイト:腎臓病に関する話題~連載1回目:慢性腎臓病とは?~ https://arkraythinkanimal.com/2018/07/17/mi01/
3)国立研究開発法人日本医療研究開発機構プレスリリース:猫の腎不全が多発する原因を究明-猫ではAIMが急性腎不全治癒に機能していない-2016年10月13日
https://www.amed.go.jp/news/release_201601013.html
4)Miyazaki


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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