FMTの有効性

2021年に同じ研究グループから9頭のIBDの犬に対するFMTの有効性に関する研究報告がなされました⁴⁾。先の報告と同様に様々な臨床検査によりIBDと診断された犬9頭を供試しました。また、FMTを実施するに当たってのドナー犬は様々な臨床検査により健康と診断された5頭の犬を用いました。


▲図2:IBD犬に対するFMT実施後の糞便微生物叢の変化³⁾


投与する糞便希釈液は前報³⁾と同様に調整され、体重当たり10mLを直腸浣腸により1回だけ投与して2週間観察しました。全てのFMTを実施した犬は3日後に臨床症状の改善が認められ、2週間後には有意にCIBDAIスコアの改善が認められ、ほぼ正常値になりました(図3)


▲図3:FMT実施した2週間後のCIBDAIスコア⁴⁾


さらにIBDの犬3頭の糞便について前報と同様に構成する微生物叢について調べました。その結果、FMT実施前では3頭ともプロテオバクテリア門とファーミキューテス門とバクテロイデス門で構成されており、フソバクテリア門は非常に低くほぼ前報と同様の成績でした。

またドナー犬はプロテオバクテリア門が少なく、主要な細菌はバクテロイデス門とファーミキューテス門、フソバクテリア門であり、フソバクテリア門の存在が特徴的でした。IBDに罹患した犬のFMT後の微生物叢の構成はドナー犬に近似していました。FMT前後の糞便におけるフソバクテリア門の菌数の推移をリアルタイムPCR法で定量したところ、FMT前に比べFMT後では有意に増加していましました(p<0.05)(図4)


▲図4:FMT前後の糞便中のフソバクテリア門の菌数⁴⁾


この時、全ての犬で臨床症状の改善とともにCIBDAIスコアは有意に減少しました(p<0.05)。臨床症状の改善は、糞便に含まれる微生物の割合の変化と関連しており、特にIBDの犬は健康な犬に比べ、フソバクテリウム門の割合が低くなっていました。このことから、フソバクテリウム門の割合が極端に低いことが犬のIBDの特徴であると考えられました。

以上の二つの報告は、犬の難治性であるIBDについて画期的な治療法の可能性を示すものとなりました。ただ、まだまだ症例数も少なく、ドナー犬の要件や使用する糞便の規格(構成微生物叢や病原体の否定など)が定まっていないこと、FMTに使用する糞便調整法や用法・用量に関するデータが不足しているなど、一般の動物病院で実施するにはまだ時間がかかるものと考えられました。

しかし、難病を克服する一つの有効な治療法を提示したことは、大いに評価されるべき研究に思いました。さらに、ヒトの潰瘍性大腸炎と同様に犬のIBDにフソバクテリウム門細菌の関与が示唆され、IBDの病態の解明につながる可能性があります。フソバクテリア門には多くの菌種が属しており、中には病原性を示すものも知られています。今回の報告ではフソバクテリア門の具体的な菌種まで述べられておらず、今後の研究に大いに期待したいところです。



1)田中秀和,大谷夏輝,菊池充人ほか:難治性下痢子牛に対する糞便微生物移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)の有効性の検討.家畜感染症学会誌 9:93-103, 2020.2)
2)石井優江,大谷夏輝,清水優ほか:子牛の難治性下痢症に対する糞便微生物移植(FMT)の効果と検証.家畜診療 693:150, 2021.
3)Niina A, Kibe R, Suzuki R, Yuchi Y, Teshima T, Matsumoto H, Kataoka Y, Koyama H: Improvement in clinical symptoms and fecal microbiome after fecal microbiota transplantation in a dog with inflammatory bowel disease. Veterinary Medicine: Research and Reports 10:197-201, 2019.
4)Niina A, Kibe R, Suzuki R, Yuchi Y, Teshima T, Matsumoto H, Kataoka Y, Koyama H: Fecal microbiota transplantation as a new treatment for canine inflammatory bowel disease. Bioscience of Microbiota, Food and Health 40(2):98-104, 2021.
5)Jergens AE: Inflammatory bowel disease. Current perspectives. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 29(2):501-521, 1999.
6)Jergens AE, Schreiner A, Frank DE, Niyo Y, Alrens F, Eckersall PD, Benson TJ, Evsans R: A scoring index for disease activity in canine inflammatory bowel disease. J Vet Intern Med 17:291-297, 2003.


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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