MNと中毒

まずMNですが、ヤマモガシ科の常緑樹であるマカデミア(Macadamia inyegrifolia )の殻果(ナッツ)をいいます。原産地はオーストラリアで先住民族のアボリジニが好んで食べていたそうです。1892年にハワイに持ち込まれて栽培が始まり、品種改良の結果、今のような味わいのナッツになったようです。ハワイ州政府がMN栽培の税制優遇措置を取ったため作付面積が拡大し、現在では作付面積がパイナップルやコーヒー、サトウキビなどを抜いて第一位となっています。MNの生産量のほとんどオーストラリアとハワイ産となっており、代表的な特産品としてお土産としての人気が高いところです。


このMNを伴侶動物が食べると中毒を起こすことが知られています¹⁾²⁾。MN中毒は犬だけに報告されています。MNを摂食した犬は嘔吐、衰弱、高熱、中枢神経系の抑制が特徴的な症状です。臨床症状は一般的に軽度で自己限定的であるため、通常、特別な治療は必要ないとされています。より重度の症状を示す犬には、輸液療法、鎮痛剤や解熱剤の投与が有効な場合があります。毒性発現のメカニズムは不明で犬に中毒を起こす成分はわからないのですが、犬はMNを2.4 g/kgを摂取後に症状を示しました。ただし、0.7g/kgの摂食で臨床症状を発現したとの報告もあります。

市販のMNを20g/kgで実験的に投与した犬は、12時間以内に臨床症状を呈し、48時間以内に処置なしで臨床的に正常となったようです。ただし、MNを1~2g/kg以上摂食した無症状の犬には、嘔吐を促す処置が必要とされています。また大量摂食した場合は、活性炭が有効な場合があるそうです。MN中毒の診断は、曝露歴および臨床症状に基づいて行われます。鑑別診断には、エチレングリコール中毒症、血圧降下剤の投与、感染症(例、ウイルス性腸炎)などがあります。MN中毒は比較的稀でありますが、MNの主要な生産国であるオーストラリアのクイーンズランド州で 5 年間に 83 例が報告されました。



MNはそのものを食べる以外に、お菓子の原料としても利用されています。また、MNオイルは、オレイン酸を主成分としパルミトレイン酸を 20%以上含むことから、そのものをスキンケアやヘアケアに使ったり、基剤やエモリエント効果(皮膚の水分蒸発を抑えて柔軟性や滑らかさを与える効果)、加脂肪を目的に化粧品の原料としても使われています³⁾。通常のお菓子や化粧品では含有量が少なく、仮に犬が誤食しても問題にならないものと思います。ただ、チョコレートに被包したMNはチョコレートそのものが犬に中毒を起こすことから注意が必要です。また、中毒物質が特定されていませんが、MNオイルそのものを誤飲した場合は時に催吐処置を考える必要があるかもしれません。

以上のように犬の飼育環境は様々な中毒を起こす物資に溢れています。ちょっとした飼い主の不注意が、最愛の動物にとって取り返しのつかない事態になることもあるのです。我々にとって何の問題もない食品であっても、室内で飼育される犬や猫などの伴侶動物にとって危険を及ぼしかねないことを知るべきです。伴侶動物の飼い主にとって身近な相談者である臨床獣医師の皆さんは、日頃から伴侶動物が健康で安らかな生活が営めるように様々な情報発信をお願いしたいものです。


1) Gwaltney SM: Macadamia nut toxicosis in dogs, Merk Manual Veterinary Manual(2021)
https://www.merckvetmanual.com/toxicology/food-hazards/macadamia-nut-toxicosis-in-dogs
2) Cortinovix C and Caloni F: Household food items toxic to dogs and cat, Front Vet Sci March 2016/ https://doi.org/10.3389/fvets.2016.00026
3) 化粧品成分オンライン:マカデミア種子油の基本情報・配合目的・安全性
https://cosmetic-ingredients.org/base/9297/


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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