福岡の症例にみるヒトからヒトへの感染状況

まず、福岡県の症例を詳しく紹介したいと思います¹⁾。福岡県在住の60歳代の女性で定期的に野良猫に餌を与えていました。2016年に発症してジフテリア様の症状を呈し、最終的に呼吸困難となり窒息により死亡しました。女性の咽頭の偽膜からジフテリア毒素産生のC.ulcerensが検出されました。常時接していた野良猫の関与を疑い、餌を与えていた猫を捕獲して調べたところ鼻腔からC.ulcerensが分離されました。猫分離株は患者からの分離株と遺伝子型(PFGE型)が一致したことから、猫が感染源とされました。このようにペットからヒトに感染して死に至る人獣共通感染症はまれと思われますが、時に症状のない犬や猫から感染する可能性があることから、臨床に携わる獣医師は常に頭の片隅に置いておく必要があります。

C.ulcerensはグラム陽性の単桿菌でジフテリア菌(C.diphtheriae)と近縁であることが知られています。図1に血液寒天培地上のコロニーとグラム染色所見を示していますが、極めて両菌種が似ていることが分かります。


▲図1.C.ulcerensC.diphtheriaの培養性状
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou18/corynebacterium_02.html



主に家畜などの動物に常在しており、牛の乳房炎の原因になることがあります。通常、C.ulcerensは毒素を産生しない場合が多いのですが、患者から分離された菌はC.diphtheriaeの毒力因子である強い細胞毒性を与えるジフテリア毒素を産生します。毒素遺伝子がバクテリオファージに存在し、毒素非産生のC.ulcerensに感染することによって生じたと考えられています。哺乳動物のうちヒト、サル、ウサギ、モルモットなどはジフテリア毒素に対する感受性が高く、致死量は100mg/kg体重以下とされています。

ヒトのC.ulcerens感染症は英国において症例が多く、1986 年から 2013 年までに20例から毒素産生コリネバクテリウムによるヒトの感染が認められており、そのうち12 例(60%)から毒素原性C.ulcerensによる感染が占めています(Diphtheria_notifications_and_deaths_1986-2014.pdf)。また、フランスでは2002年から2008年までに12例の毒素原性C.ulcerensの感染が報告されています。日本国内では 2001 年から 2017 年末までに今回の症例を含めて 25 例が公表されています。多くは猫を感染源としており、犬からの感染が疑われる症例も見受けられます。

ほとんどのヒトの症例は抗菌薬で治療ができましたが、残念ながら福岡県の症例では死亡するに至りました。国内の犬のC.ulcerensの保菌状況ですが、大阪府立公衆衛生研究所の研究チームが2006年12月から2007年9月にかけて大阪府が収容した犬65頭を調べたところ、1頭(1.5%)の咽頭拭い液からC.ulcerensが分離されました²⁾。分離株はジフテリア毒素と構成アミノ酸が95%相同の毒素遺伝子を保有していました。さらに 2007 年11 月から 2008 年 12 月の1年間で大阪府の動物愛護センターで保護されている無症状の犬 583 頭の咽頭スワブを調べたところ、44 頭(7.5%)から分離されました³⁾。このことは外見上健康な犬の多くは本菌を保有していることが明らかになりました。なお、ヒトからヒトへの感染事例は、国内では現在まで報告がなく、国外においても非常にまれといわれています。