薬剤耐性菌の蔓延と健康被害

医療分野における薬剤耐性菌の蔓延は世界的に深刻な事態に陥っており、動物に治療や成長促進目的で抗菌薬を使用することに伴い、動物で出現した薬剤耐性菌がヒトへ直接的あるいは間接的に伝播することによる健康被害が懸念されています。2015 年には世界保健機構(WHO)総会において、「薬剤耐性(AMR)に関する国際行動計画」が採択されるなど、世界的にAMR対策が強化されています。今回、EUはAMR対策として、「動物用医薬品規則2019/6(EU規則)」を採択し、2022年1月28日に適応が開始予定です。本規則の一部はEUに輸入される畜水産物にも適応されるため、日本の関連事業者は本規則への対応が求められており、大きな関心事となっています。

 EU規則の目的は以下の通りです。
1. 目的にあった動物用医薬品の法的枠組みの提供
2. EU内市場の統合性の強化
3. 行政負担の軽減
4. 動物用医薬品の技術革新の促進および入手可能性の向上
5. 薬剤耐性菌への対応強化
6. 経済的に継続可能な安全な薬剤添加飼料の生産の確保
 これらの目的でEU規則は9章にわたって構成されています。その内、日本に影響すると思われる条項について説明したいと思います。

<条項37:販売承認拒否の決定>
 ・成長促進を目的とした抗菌薬の販売は承認しない。
 ・薬剤耐性のリスクが高い動物用医薬品や人体用に使用が制限された抗菌薬を用いた動物用医薬品の販売も許可されない。
 ・人体用に使用が制限された抗菌薬の詳細は委任法令および実施法令に記載される。
<条項107:抗菌性薬品の使用>
 ・抗菌薬の日常的な使用または不適切な動物の管理を補うための使用を禁止
 ・成長促進を目的とした抗菌薬の使用を禁止
 ・予防目的の抗菌薬の使用も原則禁止
<条項118:EUに輸入される動物または動物由来の製品>
 ・成長促進目的の抗菌薬の使用禁止は第三国の事業者に適応される
 ・第三国の事業者はEUに輸出する動物または動物由来製品に対し、「人体用に使用が制限される抗菌薬リスト」に含まれる抗菌薬を使用してはならない。

 ここで我々にとって関心が高いのは、動物での使用が禁止される「人体用抗菌薬」になります。EU規則の委任法令に「人体用抗菌薬の指定基準」があります。これではPartA(ヒトの健康に対する重要性)、PartB(耐性の伝播リスク)、PartC(動物の健康のために必須でない抗菌薬)があり、全ての条件を満たす抗菌薬は人体用に指定され、動物への使用が禁止されます。具体的な基準は、以下の通りです。
<PartA>
 ・重篤な感染症に対する唯一のまたは最後の手段となる抗菌薬
 ・重篤な感染症の治療のために、EUで許可されている抗菌薬
<PartB>
1) 動物への使用が許可されている抗菌薬で、疫学的証拠を含む科学的証拠が存在する場合:
  ・薬剤耐性菌の出現、拡散、伝播があること。または交差耐性(同系統の抗菌薬に耐性を示すこと)や共耐性(同系統と他系統にも耐性を示すこと)が誘発されていること。かつ、
 ・ヒトへの薬剤耐性菌の伝播が重大であり、動物への抗菌薬の使用が伝播に関連する。
2) 動物への使用が許可されていない抗菌薬で、科学的証拠が存在する場合:
・薬剤耐性菌の出現、拡散、伝播する可能性があること。または交差耐性や共耐性が誘発する可能性があること。
かつ、
・ヒトへの薬剤耐性菌の伝播によりヒトの感染症が重大になる可能性が高く、動物への抗菌薬の使用に関連する可能性が高いこと。
<PartC>
  ・動物の治療において、その抗菌薬の必要性を示す確固たる証拠がないこと。
  ・その抗菌剤による動物の治療が不適切な場合、 重?な罹患率または死亡率につながるか、または動物福祉や公衆衛?に?きな影響を与えるが、当該動物種におけるこれらの感染症の治療に対して適切な代替医薬品が利?可能である場合。
  ・その抗菌剤が、重篤な動物の感染症の不適切な治療が?われた場合でも、罹患率または死亡率が限定的であり、かつ、その抗菌剤を使?しないことが公衆衛?上の優先事項であることを?す科学的証拠がある場合。

EUの政策執行機関である欧州委員会(EC)は、欧州医薬品庁に人体用に確保すべき抗菌薬リストの検討を依頼しています。しかし、規制が適応される期日が迫っている現時点でも具体的にどのような抗菌薬が該当するかが明確に示されていません。この背景としてEU内部から指定基準の取り消しを求める決議案が提出され、欧州獣医連盟などから約8,000の反対署名が提出されたりして混乱しているようです。いずれにしても2022年1月28日からの運用は決定事項であり、今後、さらなる動きが想定されています。これは全くの妄想ですが指定基準を勘案すると、少なくとも日本で指定されている第二次選択薬が該当するように思います。つまり、フルオロキノロン系、第3世代セファロスポリン系、15員環マクロライド系、硫酸コリスチンです。


以上ご紹介したようにEUの新たな動物用抗菌薬の規制強化策は、EUのみならず他国にも影響する状況になっており、EUの動きから目を離せない状況になっています。EU規則を通読すると、明記されていないものの、その対象は家畜に限定されるかのように感じますが、目的である動物に対する薬剤耐性菌の対策強化と考えれば犬や猫などの伴侶動物にも対象が及ぶ可能性もあるように思います。動物検疫所の統計によると日本から毎年6,000~7,000頭の犬が輸出されていますし、伴侶動物の感染症治療に使用される抗菌薬が限定されることなどを考えても、今後のEUの動きに関心を持っていただきたいと思う次第です。


農林水産省:EUの新たな動物用医薬品規則への対応
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/eu_amr.html


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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