研究を前に進め、飼い主の想いに応える

―― 富安先生は今までに筆頭で 13 本、共著を含めれば全 55 本と非常に多数の論文を発表しておられます。これらのテーマ設定については、どのようにして考えておられるのですか?

臨床の現場に立っていますと、今の獣医療では治せない疾患だったり、原因が分からなかったり、費用の面で治せなかったり、色々なケースに出会います。そうした「分からない」「治らない」ということが、研究のスタートの動機であるべきだと考えています。これは、退官されるその日まで臨床現場に携わっておられた辻本先生の姿から学ばせていただいた部分かもしれません。

―― 近年、人医学領域においての癌治療の進化が著しいと聞きますが、獣医学領域ではいかがでしょう。

人医学領域では分子標的薬や新しい免疫治療などさまざまな治療法の開発が進んでいますが、これらの導入は獣医学領域ではごく一部。保険制度が人間と異なることもあって、飼い主の負担は非常に高額になります。しかし最近は、これは私が二次診療施設である当院にいるからかもしれませんが、「既存の治療で治らないなら、何か他の治療法を施してほしい」と熱望される飼い主さんがとても増えているなと思います。なのに、獣医師として何も打つ手がないと非常に申し訳ない気持ちになりますし、自分たちの、そして獣医学領域全体の研究の進みのあまりの遅さを痛感すると言いますか……。例えば、リンパ腫の治療にしても、獣医学領域では 20 年以上前からCHOP療法*が行われているのですが、いまだにファーストラインの選択肢の一つになっているわけですよね。それって、この 20 年ほぼ進化していないのじゃないか?と疑問に思うほどで……。こうした現状を何とか打開して、飼い主さんの切実な願いにお応えしたいというのは、研究の大きなモチベーションの一つにもなっています。

―― 研究で今、特に注力していらっしゃる内容は?

先ほど例に挙げた免疫療法が今、人医学でも獣医学でも盛り上がりつつあるのですが、そちらは別の先生方のご活躍に期待し、私自身はちょっと違う角度の道を模索しています。大雑把に説明しますと、抗がん薬や放射線治療などの既存の治療法が効かなくなった場合、それらの使用を諦めるのではなくて、どうすればもう一度、抗がん薬が効くようになるのかという研究でして。そのほか、抗腫瘍効果を出す物質についても探っているところです。

―― それらは人医学領域でも研究が進んでいる分野なのでしょうか?

課題視されてきたようですが、なかなか解決できてないようですね。人医学と獣医学と、並行して研究しているような部分もあるかもしれません。ニッチな領域の研究ではありますが、そのあたりの立ち位置が私の好みに合っていると言いますか(笑)。最近では他の学問分野の先生からもお声がけいただくなどのご縁に恵まれ、共同研究なども進めているところです。

*CHOP(チョップ)療法:悪性リンパ腫の代表的な化学療法。3 種類の抗がん薬(シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン)に副腎皮質ホルモン(プレドニゾロン)を組み合わせた治療。