いわゆる「連れション」と呼ばれる他者と排尿する行為は、ヒトでは古今東西を問わず見られる社会現象です。しかし、そのような現象を科学的に調べた研究はありません。排尿の意思決定には、生理的要因と社会的要因が複雑に組み合わさっていると考えられていますが、排尿の社会的側面についてはほとんど研究されていません。ましてや、ヒト以外の動物が「連れション」のような行動をみせるのかはまったく未解明でした。
京都大学野生動物研究センター 大西絵奈 博士課程学生、京都大学高等研究院 山本真也 准教授(現:人と社会の未来研究院 教授)らの研究グループは、チンパンジーの排尿が近接する個体間で伝染することを明らかにしました。本研究では、京都大学熊本サンクチュアリの飼育チンパンジー20 頭を対象に 600 時間を超える観察をおこない、1328 回の排尿を記録しました。この排尿を詳しく調べた結果、チンパンジーの排尿が集団内で同期していること、近くにいる個体間で排尿が伝染しやすいこと、そして社会的順位の低い個体ほど他個体の排尿に続けて排尿する傾向がみられることを明らかにしました。これらの結果は、チンパンジーの排尿が社会的な影響を受けることを初めて示しています。排尿という生理現象のこれまで十分に注目されてこなかった社会的側面を示唆するユニークな研究です。排尿のタイミングを他者と合わせることには、社会集団の凝集性の維持や円滑な集団行動に関して重要な役割があるのかもしれません。さまざまな動物の排尿を調べることで、集団行動や社会進化の究明への寄与が期待されます。
 本研究成果は、2024 年 1 月 20 日に、国際学術誌「Current Biology」にオンライン掲載されました。

ニュース概要

1.背景
 ヒトの文化では共に排尿をする、いわゆる「連れション」とよばれる現象が知られており、古今東西の芸術作品にも描かれてきました(下図参照)。イタリアでは「Chi non piscia in compagnia o è un ladro o è una spia(仲間と一緒に小便しない者は、泥棒かスパイである)」というフレーズまであるそうです。しかし、ヒト以外の動物において、排尿タイミングの同期や伝染現象について、科学的な観点から追求した研究はこれまでありません。そこで私たちは、ヒトに最も進化的に近縁であるチンパンジーを対象に、排尿が伝染している可能性を調査しました。


A: サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の洗面台 Il Buggiano 作 (1445) ©Sailko/Wikimedia Commons (https://creativecommons.org/licenses/by/3.0/deed.it).
B: 版画「The general p--s, or peace」 J. Barrow 作 (1783)
C: 版画「Sympathy, or A Family On A Journey Laying The Dust」Thomas Rowlandson 作 (1784)
D: 絵画「水やりをする人、馬、犬のいる風景 (Landschap met een waterende man, paard en hond)」Jan Augustini 作 (1759)
E: 歌川国芳作「逢悦弥誠」内の版画 (1831) © International Research Center for Japanese Studies.
F: ミルテンベルグの噴水 Helmut Kunkel 作 (2016) © chrisaliv/Wikimedia Commons (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.en).


2.研究手法・成果
 本研究では、京都大学熊本サンクチュアリのチンパンジー20 個体(4集団各 5 個体)を対象に、約 600 時間の観察をおこない、すべての排尿を記録しました。
 まず初めに、チンパンジーの排尿が個体間で同期しているのかどうかを調べました。チンパンジーの排尿が社会的な要因に左右されずにランダムにおこると仮定してコンピューターシミュレーションをおこなったところ、実際の観察から得られた「同期率」はこのシミュレーションから得られた同期率よりも高いことがわかりました。チンパンジー個体間の排尿同期は、偶然おこっているわけではなく、なんらかの社会的要因が働いていることが示唆されました。
 そこで、次に、どのような個体間で排尿が同期しているのかを調べました。まず注目したのが個体間距離です。排尿が起こった時の距離関係を調べたところ、排尿した個体の近くにいる個体ほど、続けて排尿する確率が有意に高いことがわかりました。つまり、チンパンジーの排尿が近くの個体に伝染していることが示されました。このことは、外部からの刺激に反応して複数個体が同時に排尿しているわけではないことを示唆しています。さらに、個体間の関係性が排尿の伝染におよぼす影響を分析しました。その結果、社会的順位の低い個体ほど、他個体の排尿に続けて排尿する傾向が見つかりました。なお、社会的順位の高い個体ほど他個体に追従されるという傾向は見られませんでした。したがって、低順位の個体は、誰の排尿であっても追従しやすいという可能性が示唆されました。また、ペア間の社会的親和性(普段どれだけ近接したり毛づくろいしたりしていたか)との関連は見られませんでした。
 以上の結果から、チンパンジーの排尿の意思決定には、社会的要因が影響していることが明らかとなりました。

3.波及効果、今後の予定
 本研究では、排尿が集団内で伝染するという現象を世界で初めて報告することができました。この成果は、これまで注目されてこなかった、排尿の意思決定における社会的側面を示唆しており、今後は動物行動学や心理学、内分泌学など、多岐にわたる学問領域で新たな問いを提起し、多角的な観点からの議論を深めることに寄与すると考えられます。とくに、排尿伝染が動物の集団性や集団行動におよぼす影響については、さまざまな可能性が考えられます。たとえば、排尿を同期させることで集団の活動状態を一致させている可能性や、排尿を通して個体間で情報を伝播させている、集団単位で効率的な縄張りのマーキングをおこなっている可能性など、さまざまな仮説が考えられます。また、伝染の刺激(音、匂い、視覚情報)を実験的に操作して調べることも、伝染現象の基盤にあるメカニズムの究明に有用であると考えられます。加えて、自然環境下での観察をおこなうことで、集団移動や縄張りとの関連といった飼育下では調査が困難な観点から、排尿の伝染現象の進化的機能を探ることができるでしょう。
 本研究の結果は、さまざまな種や分野に広く通じる新たな問いを生み出しました。本研究の報告により、他のチンパンジー集団や種を対象に排尿の伝染現象の探究のきっかけとなれば、生理現象の伝染現象に関わる既存の議論へ寄与するだけでなく、社会集団における排尿の役割について、多くの知見をもたらすことが期待されます。

4.研究プロジェクトについて
 本研究は、京都大学熊本サンクチュアリにておこなわれました:https://www.wrc.kyoto-u.ac.jp/kumasan/index.html
 本研究は、日本学術振興会(科研費 22KJ1742:大西絵奈、19H00629 、24H02200:山本真也)、国立研究開発法人科学技術振興機構(創発的研究支援事業 JPMJFR221:山本真也)、京都大学霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院(大西絵奈、James Brooks)の支援を受けて実施されました。

<研究者のコメント>
「ヒトでも、誰かがトイレへ行く姿を見かけると、自分も行っておこうかな?となることがあると思います。そんな、言われてみればあるかもしれない些細な現象から着想を得て、ヒト以外の動物を対象に真剣に調べることで、連れションもとい「つられション」という非常に興味深い現象を発見することができました。600 時間以上ひたすら排尿を観察するというなかなか魅力的な研究が、今後より多くの種や集団を対象に広がり、排尿の伝染現象についてより詳しくわかることを楽しみにしています。また、排尿の自動検出技術の進歩にも、心から、期待しています。」(大西絵奈)

<論文タイトルと著者>
タイトル:Socially contagious urination in chimpanzees(チンパンジーにおける排尿伝染)
著 者:Ena Onishi, James Brooks, Sota Inoue, and Shinya Yamamoto
掲 載 誌:Current Biology
DOI:10.1016/j.cub.2024.11.052.

<参考図表>


(左)熊本サンクチュアリのオスチンパンジーたち、(右)果物を食べるホープ(オス)とメスたち


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