本庶佑特別教授らが開発した免疫チェックポイント抗体療法(※1)は、がん治療に革新をもたらしました。しかし、その効果はがんを殺傷するT細胞ががん部位で機能不全に陥ることで制限されています。京都大学の上杉志成(うえすぎ・もとなり)教授、茶本健司(ちゃもと・けんじ)教授、本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授らの研究グループは、がんによって機能が低下したT細胞を活性化する物質を探索しました。その結果、植物由来の天然物であるアルヴェニンI(クルクビタシンB 2-O-β-D-グルコシド)が、がん存在下でT細胞を活性化する物質として特定されました。詳細な解析の結果、アルヴェニンIはMKK3というリン酸化酵素に共有結合して活性化させることで、疲弊したT細胞のミトコンドリア機能を回復させることが示されました。マウス実験では、アルヴェニンIの投与が、単独使用または免疫チェックポイント阻害剤との併用でがん免疫療法の効果を高めることが確認されました。アルヴェニンIやその類似物質はがん免疫を高める薬物として期待されます。
本研究成果は、2025年1月10日にJournal of the American Chemical Society(アメリカ化学会誌)でオンライン公開されました。

ニュース概要
1. 背景
免疫チェックポイントを阻害する抗体薬は、がん療法に革新をもたらしました。この方法の発見により、本学の本庶教授に 2018 年にノーベル賞が授与されました。しかし、一部の患者にしか効果を発揮しないという大きな課題があります。その原因のひとつは、がんの周りの環境でT 細胞(がんを殺傷する免疫細胞※2)がうまく働けなくなることです。この問題により、がんに対する効果的な免疫反応が妨げられています。
この課題を克服するために、分子標的薬との併用療法が検討されています。こうした併用療法は、特定の分子を持つがんに対して有望な結果を示していますが、長期間の使用後に薬剤耐性が生じ、がんが再発するという大きな問題があります。
そのため、最近の研究では、がんの周りの免疫環境を「休んでいる状態」から「活発な状態」に変える免疫活性化剤の開発が進められています。特に、樹状細胞、マクロファージといった抗原提示細胞を刺激し、ケモカインやサイトカインを誘導することで、間接的に T 細胞の免疫反応を活性化する可能性を示しています。しかし、これらの免疫活性化剤を実際に治療に使うには多くの課題が残されています。
T 細胞は、がんの発生や進行を抑える上で重要な役割を果たします。そのため、直接 T 細胞を活性化し、がん細胞への殺傷能力を高めることで、がん免疫療法の効果を向上させる可能性があります。
2. 研究内容と成果
がん細胞による T 細胞抑制のモデル構築
がん細胞が T 細胞の働きを抑える仕組み(PD-1/PD-L1 経路)を再現する細胞モデルを作成。その環境で抑制された T 細胞を活性化させる物質を探索。アルヴェニン I
(cucurbitacin B 2-O-β-D-glucoside)を特定。
化学プロテオミクス分析
アルヴェニン I が結合するタンパク質を特定するため、細胞内の反応性システイン残基を網羅的に調査。MKK3 というリン酸化酵素の特定のシステイン(Cys227)にアルヴェニン I が共有結合することを発見。アルヴェニン I が MKK3 を活性化し、下流の p38MAPK 経路を促進することを確認。この経路が T 細胞のミトコンドリア機能を回復させる役割を果たしていることを示した。
ミトコンドリア機能の解析
マウスから分離した CD8+ T 細胞を用い、アルヴェニン I がミトコンドリアの酸素消費量やエネルギー生産を向上させることを測定。p38MAPK 経路の関与を阻害剤で確認。
マウスモデルでの抗腫瘍効果の評価
マウスにがん細胞を移植し、アルヴェニン I 単独または免疫チェックポイント阻害剤(PD-L1 抗体)との併用効果を評価。腫瘍の成長が抑制され、特に併用療法で効果が増強されることを確認。
免役細胞の状態評価
マウス体内のリンパ節および腫瘍部位における T 細胞の活性や疲弊状態を分析。アルヴェニン I が T 細胞の疲弊を軽減し、抗腫瘍免疫を強化することを確認。
安全性評価
アルヴェニン I がマウスの体重や肝臓の機能指標(AST、ALT、LDH)に重大な悪影響を与えないことを確認。
3. 今後の展開
アルヴェニン I ががん治療における免疫活性化剤として有望であることが示されました。製薬企業との連携を模索しています。
4. 用語解説
※1 免疫チェックポイント阻害剤:免疫チェックポイント阻害剤(めんえきチェックポイントそがいざい)は、T細胞の活性を抑制するシステムに対する阻害剤である。免疫を抑えるためのチェックポイント(チェック機構)を担う分子を標的とするところからそう呼ばれる。
※2 細胞傷害性T細胞:細胞傷害性T細胞 (キラーT細胞) はウイルスに感染した細胞や腫瘍細胞を認識して傷害します。
5. 研究プロジェクトについて
Grants-in-Aid for Scientific Research A (KAKENHI 22H00350)
Grants-in-Aid for Scientific Research C (KAKENHI 22K05355)
6. 論文タイトル・著者
Covalent Plant Natural Product that Potentiates Antitumor Immunity
Misao Takemoto, Sara Delghandi, Masahiro Abo, Keiko Yurimoto, Minami Odagi, Vaibhav Pal Singh, Jun Wang, Reiko Nakagawa, Shin-ichi Sato, Yasushi Takemoto, Asmaa M. A. S. Farrag, Yoshimasa Kawaguchi, Kazuo Nagasawa, Tasuku Honjo, Kenji Chamoto,* and Motonari Uesugi*
J. Am. Chem. Soc. (アメリカ化学会誌) DOI: 10.1021/jacs.4c17837
リリース詳細
https://www.icems.kyoto-u.ac.jp/news/10477/