獣医師の皆さんが学生時代に微生物学あるいは細菌学実習として細菌の同定法があったと思います。分離菌についてグラム染色などの形態学的検査、加えて糖分解能などの生化学的検査が行われて細菌を同定したと思います。さらに16S rRNA配列により系統分類と細菌の同定についても学んだかもしれません。しかし、これらの方法は結果を得るには長時間を要するとの問題点も指摘されてきました。つまり、急を要する感染症の治療には間に合わず、経験的な治療に頼らざるを得ないことです。

最近、医学関連の学会に参加すると細菌同定法として盛んに利用されているものにマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析計(MALDI-TOF MS;Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization-Time of Flight Mass Spectrometer)による細菌の迅速同定法があります1)。その簡便性や迅速性、さらには低ランニングコストから、現在、ヒト由来病原細菌の細菌学的臨床検査の主流になりつつあります。一方、獣医学領域ではデータベースが開発途上であるものの、近い将来、確実に現行法に置き換わる主要な方法として利用されるものと思われます。そこで今回はMALDI-TOF MSによる細菌同定法の概要について紹介したいと思います。

未知の試料にどのようなタンパクがどのくらい含まれているかを知るMALDI-TOF MS

質量分析技術による細菌同定への応用は、1975年から始まり、1980年代になりMALDI-TOF MSの開発に伴って急速に普及してきたました。質量分析はタンパク質などの分子の重さを計ることで、未知の試料にどのようなタンパクがどのくらい含まれているかを知るものです。試験菌のスペクトルを既存のデータベースと比較することで同定します。実際には、検査する細菌のコロニーの一部をMALDIプレートに塗布し、マトリックスを加えてイオン化し、真空中のある一定の距離をイオンがどのくらいの時間で飛ぶかを計測して質量を求めるものです(図1)2)。また、MALDI-TOF MSの原理3)図2に示しましたので参考にして下さい。


図1 MALDI-TOF MSによる細菌同定手順の概要2)
https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/2017_03/003.pdf


図2 MALDI-TOF MSによる細菌同定法の原理3)

この技術の発端に成ったのは2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一先生(島津製作所)が開発した「生体高分子の質量分析法のための脱離イオン化法」の技術であり、この分野に対して日本が大きく貢献したことになります。