■はじめに/読者の皆様へ
皆さん、初めまして。酪農学園大学の田村 豊と申します。
今年の17月まで獣医学群食品衛生学ユニットに所属し、獣医学生に対して獣医公衆衛生学の教育と、
動物と環境由来薬剤耐性菌の分子疫学に関する研究に従事していました。
今回、縁あってEDUWARD MEDIAにおいて獣医学関連の最新の話題について
「今週のヘッドライン 獣医学の今を読み解く」と題して
シリーズでコラムを書かせていただくことになりました。
大学の講義の最初に「今週のヘッドライン」として話していた、獣医学関連の話題を継承するものです。

毎週のように獣医学関連のニュースが引きも切らずに国内外から公表されています。
今回は読者が小動物医療関連の獣医師や動物看護師が中心ということで、
小動物医療関連の話題を中心に解説していきたいと思います。

また、獣医学全般の話題でも皆さんに知っておいて欲しいものも取り上げます。
世界で刻々と動いている獣医学の今を肌で感じていただければ幸いです。
是非とも興味を持っていただき、継続してお読みいただけることを期待しています。

酪農学園大学名誉教授 田村 豊

猫ヘモプラズマ感染症とは

猫ヘモプラズマ感染症は、猫ヘモプラズマが赤血球に寄生することにより溶血性貧血を主徴とする疾患であり、猫伝染性貧血とも呼ばれています。昔はリケッチア性病原体であるHaemobartonella 属の感染により起こり、猫バルトネラ症と呼ばれていました。猫のへモバルトネラ病原体は、これまでH. felis という学名で呼ばれていましたが、分子生物学的解析の結果、16S rRNA 遺伝子の塩基配列によりMycoplasma haemofelis (Mhf)とCandidatus Mycoplasma haemominutum(CMhm)に改名されました。

さらに2005年にスイスの猫から新たにCandidatus Mycoplasma turicensis(CMt)が病原体として加えられました。つまり、ヘモバルトネラ症は細菌の一種であるマイコプラズマ属菌が原因であったのです。病原体は動物の赤血球表面に付着して感染し、膜に対して直接的な障害を与えるほか、抗赤血球自己抗体が産生されるため溶血性貧血が生じるとされています。貧血のほか発熱、元気消失、食欲廃絶、呼吸促拍、心悸亢進、脾腫などが認められ、重症例では致死的な経過をとる場合も認められています。日本の飼い猫における猫ヘモプラズマ病原体の保有状況を調べた報告によれば、501 頭の猫をPCRで調べたところ、197 頭(39.3%)から何らかの病原体が検出され高頻度に不顕性感染していることが明らかにされました¹⁾。

中には混合感染している猫も 50 頭(10.0%)に認められました。感染のリスクファクターを調べてみると、猫白血病ウイルスおよび猫免疫不全ウイルスの感染が影響しているようでした。これまで猫ヘモプラズマ感染症は世界的にも猫固有の感染症と認識されていましたが、最近、日本でMhfに近縁なCandidatus Mycoplasma haemohominis(CMhh)によるヒトへの感染事例が報告²⁾され注目されていますことから情報を提供したいと思います。なお、Candidatusとは、培養に成功していない原核生物に与えられる分類学上の暫定的な地位をいいます。培養されて正確な性状が明らかにされた段階で正式な学名が付与されます。

患者は42歳の男性医師で特段の病歴も渡航歴もありませんでしたが、発熱、貧血、肝機能障害で入院していました。入院する1カ月前に、海外旅行後に潜在性肝障害と貧血のために入院していた患者の肝臓を生検する際に誤って針刺し事故を起こしていました。針刺し事故の 2 週間後に、全身に掻痒を伴う紅斑が認められました。発疹は 3 日間で消失しましたが、リンパ節腫脹や肝脾腫、それに発熱が発現したため入院したものです。最初の診断は未知の疾病に関連する血球貪食症候群(HPS)というものでした。第 13 病日において、血清材料から抽出したDNAをもとにメタゲノム解析を実施した結果、HPSを伴うCMhh感染症と診断されました。治療経過を見てみますと、血清中のCMhhコピー数が最も多い時期にレボフロキサシン(LVFX)を投与したところ、投与後14日で検出限界以下となりました(図1)


▲図1.血清(1μL)中のCandidatus Mycoplasma haemohominisのコピー数の推移


しかし、すぐに発熱と貧血が再発し、CMhhコピー数も急速に上昇しました。この時、メタゲノム解析によりフルオロキノロン耐性に関わるGyrAのAサブユニットにアミノ酸置換を伴う突然変異が観察され、病原体が耐性化していることが示唆されました。そこで、入院している大学病院の感染症学講座の旧知であるN教授から電話があり、CMhhが猫ヘモプラズマ症の病原体と似ていることから、治療法についてアドバイスを求められました。通常、猫ヘモプラズマ感染症の第一次選択薬はドキシサイクリンをはじめとするテトラサイクリン系抗菌薬であることを伝えました。そこで第 46 病日にLVFX耐性が発現したと考え、モキシフロキサシン(MLFX)とミノサイクリン(MINO)を併用して投与したところ、すべての症状が消失して第61病日に退院となりました。患者は治療中止後 1 年を経過しても症状はなく、血清中にCMhhのDNAは検出されていません。