各分野のトップランナーが、どのように学んできたのか。
そして、どのように学びを臨床に活かしているのか。
「明日の獣医療を創る」は、すべての臨床獣医師に捧げるインタビューシリーズ。
第17回は高木哲先生です。
常にからだ全体を意識し続ける
―高木先生はなぜ獣医師を志すようになったのですか?
私の場合、「家で動物を飼っていたから」というわけではなく、ただ生物学が好きだという理由からです。特に遺伝の基本法則を発見した植物学者・メンデルの物語をマンガで読んで「生物学って面白いな、遺伝の勉強をしたいな」と思ったわけです。
やがて、数ある生物系の分野のなかでも、獣医師はいちばん幅広いことができる職業だと気がつき、この仕事を志すようになりました。ですから、獣医学部に入った当初はウィルスを研究する研究者になりたいと思っていたのですが、なんとなく臨床を見に行ったら、その面白さにはまってしまいました。そして「臨床系のなかでも外科は花形でかっこいい」なんて感じて、外科を選んだわけです。
―外科のなかでも腫瘍科に力を入れている印象があります。腫瘍科に感じている魅力はなんですか?
私の知のベースには「いろいろなことを知りたい」という欲求があります。さらに性格的にあきっぽいのか、「ココだけを極める」という感じで専門を絞るのはあまり好きではないですね。守備範囲が広いほうがよいというか…。例えば、腫瘍って体のいろいろなところにできるじゃないですか。だから、体のどこでも手術する。そして手術だけではなく、この腫瘍に放射線を使うとこうなるとか、化学療法をやれば小さくなって安全に摘出できるとか、免疫療法ならどうかとか、手術以外の選択肢についても幅広い知識をもつ必要がある、これが腫瘍科に感じている魅力となっています。
また腫瘍ができるような患者さんは高齢の場合が多いので、甲状腺機能亢進症とか代謝異常、関節疾患など、ほかの病気をもっている可能性がある。そういう可能性をくまなくチェックして、見落とさないように配慮しながら進めないと安全に手術を終えることができません。当然リスクは高いし、勉強しなければならないことが多くて大変ですが、それらすべてをうまくコントロールして患者さんを治すことができたときは、ものすごくうれしいし達成感を感じます。
―常に動物のからだ全体を意識し続ける、ということは確かに大変なことと推測します。
何かがおかしい・いつもと違う、という印象に気づけるかどうかが重要なのだと思います。腫瘍でいえば、「普段はこんなところはチェックしない疾患だな」と思いつつも診てみたら病変があったとか。これが事前に気づくか・気づけないかで結果が大きく変わってきます。
また外科でいったら、あらゆることを想定しながら武器をもって挑みたい。この武器にあたるのが「この場合はこうする」という多くの選択肢です。手術の上手い先生、例えば同僚の渡邊俊文先生(麻布大学)の手術を見ていても、その時その時の選択肢のなかから最適な道を、Decision Making(デシジョン・メイキング)しながら進んでいることが手に取るようにわかります。その選択が素早いので、パッと見は一直線に進んでいるように見えますが(笑)。
診療上で違和感がもてる、多くの選択肢をもてる、ということは動物のからだ全体を意識し続けないと得られないと思います。
―では高木先生は具体的にどのようにその意識を保ちつづけているのですか?
うまくいかなかった例を考え続けて、突き詰めることですね。飼い主さんにとっては上手くいった・他獣医師からも「上手くいったね」といわれることでも、自分にとっては「上手くいかなかった」と思うことはたくさんあります。ぶっちゃけると、上手くいったことは忘れても上手くいかなかったことは忘れません。そして、突き詰めると結局は自分のせいになるので、この作業は非常につらいのですが、自身の成長に確実につながっていますし次世代に渡していく意義もあるなと思っています。