理想の救急診療とは?

―川瀬先生が考える、理想の救急診療とはどういうものですか?
 動物の状態が悪く一刻を争う状況だったとしても、複数の治療選択肢が用意でき、それぞれがどれくらいの救命率であるかを冷静に示してあげられるのが理想だと考えています。例えば、肺水腫で喀血している犬の飼い主には、「このまま内科的管理をしたら助かる確率は3割かもしれないです。でも、麻酔をかけて肺にたまった液体を排出させ、呼吸機能が回復するまで人工呼吸管理ができれば、7割の確率で助かる可能性があります」という提示ができ、その後は飼い主が選んだ選択肢を全力でサポートしていく形です。このように、重症患者の急性期をサポートし安定化させ、以後の治療につなげていくことが救急医の仕事だと思っています。
 よって、救急の仕事をまっとうするためには、飼い主が選択した治療を確実に実行できる習熟した技術が必要になりますし、少しでも有効だと思われる治療法については、知識と技術、その双方を追い求め続ける姿勢も必要になると思っています。


―有効だと思われる治療法を追い求める、ということについてもう少し詳しく教えてください。
 


 猫の血栓症であれば、「血栓を溶かす薬を投与する」「これ以上血栓ができない治療をする」「血栓を取る治療をする」の三択、もうひとつあるとすれば「安楽死」になると思いますが、薬を投与する・血栓が出来ない治療をする、というのはおそらくはそれほど救命率は高くはない。しかしある時、平川篤先生(ペットクリニックハレルヤ)が報告した「バルーンで血栓取ったら意外といける」とのデータを見た時、私たちは「それをやるしかない!」と思うわけです。助かるのであれば。
 そして平川先生に色々と教えていただき、トレーニングを積んで“バルーンで血栓をとる”ことに習熟していく、ということを繰り返しています。
 また、病院スタッフにも救急に対する知識や経験、緊張感を共有してもらうことが大切です。当院の治療成績がよいのは、スタッフ全員が救急医療に関して貪欲だからです。病院内では、治療の過程はすべて録画しており、治療後はすぐに全スタッフでミーティングを開いて結果を共有し、そのときに施した治療の根拠や改善点を話し合います。この話し合いには、獣医師だけでなく動物看護師も出席しています。治療の際には全力を尽くし、その診療で踏まえた反省点を次の症例への糧として活かしています。
 

―最後に、若手の先生方にアドバイスをお願いします。
 治療に関し分からなかったこと、救命できなかった症例などをそのままにしないでとことん追求していくこと、そして動物の死を無駄にしないことが大切です。少しでもいいので、「もう少しできることがなかったのか」と常に自分に問いかけ、考え続けてください。
 たとえ動物を助けられなかったときでも、そこに向き合う姿勢がないと、獣医師としても人としても成長できません。うまくいったときもいかなかったときも、次に活かせることはないかと考えることが重要ということです。それなりにうまくいったとしても、100%完璧な治療などありません。「もっとよい方法があったはずだ」と考え続け、1症例1症例を大事に、1つずつ経験を積み上げるしかないと思います。
 1症例、1症例を大切にしない獣医師は多くを救うことができない──この言葉を心に留めておいてください。


川瀬 広大

2007年 3月   酪農学園大学 獣医学部(伴侶動物医療部門 麻酔科)卒業
2007年 4月~ 愛知県茶屋ヶ坂動物病院に勤務し、心臓外科、心臓麻酔、 体外循環、集中治療を学ぶ
2012年 6月~ 北海道ハート動物医療センター、富良野アニマルクリニックに勤務
2014年 1月~ 札幌夜間動物病院に勤務、現在に至る
2018年 3月   酪農学園大学にて博士(獣医学)を取得

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