文化や社会性の違いが大きく影響する分野

―お話を伺っていますと、行動診療は国ごとに違った診療スタイルとなりそうですね。
 外科であれば、「こういう道具を揃えてこういう手順で手術をしなさい」といったように、そのセオリーはほぼ世界共通だと思います。しかし、行動診療は文化や社会性の違いが大きく影響する分野です。欧米で確立されたセオリーをそのまま日本に当てはめるのには無理があります。
 例えば、イギリス人は犬と暮らしたいがために自分のライフスタイルを変える飼い主が多いのですが、その反対に、日本、特に都会の飼い主は、自分のライフスタイルに犬を合わせようとする方が多いですね。だからといって、「犬はこういう動物だから理解してあげなさい」と言っても、家庭の事情や仕事の状況でそうできない人もいます。こうしたジレンマを日本に戻ってから感じ続けているのですが、一方で、これまでの私は「イギリスのようにやらなければダメ」とばかりに許容範囲を狭くしていたような気もしています。つまり、これまでは動物にばかり肩入れしすぎていたということです。でも、それではうまくいかないことも多い……。なぜなら、飼い主が幸せにならないと動物も幸せになれないからです。

 そこで、これからは動物だけでなくヒトや社会の多様性を受け入れることで、私自身の許容範囲を広げながら、「欧米生まれの行動診療を日本の文化にあわせてよりよいものにしていく」という方向性を探っていきたいと考えています。
 その一つの核となるのが、飼い主の気持ちに寄り添う診療です。日本の飼い主にも、科学的に証明された犬・猫の特性は理解してほしいのですが、伝え方には注意が必要です。イギリスでは、理論的な説明によってたいていの飼い主は「なるほど」と納得してくれます。でも、日本の飼い主は言葉だけでは納得できない場合も多く、獣医師はその気持ちに寄り添うことも必要とされるのです。