JVARMのデータから犬や猫由来大腸菌の薬剤耐性状況

これまでJVARMで公表されたデータは、病気で小動物病院を訪れた犬や猫の検体から分離された薬剤耐性菌の成績でした。病気の動物では抗菌薬が使用されている可能性があり、日頃から飼い主の皆さんが直接的に接する健康な伴侶動物の実態を現わしておらず誤解を生む可能性がありました。そこで、2018 年度から健康な犬と猫から分離された大腸菌の薬剤耐性モニタリング調査が開始されました。腸管内常在性大腸菌はほとんどのヒトや動物の糞便中に棲息していています。したがって、使用される抗菌薬に日常的に暴露されているため、薬剤耐性状況を知る指標細菌と呼ばれており、世界各国のモニタリングで調査対象となっています。

大腸菌の調査成績は国内の動物のみならずヒトと比較することが可能で、また世界的な比較もできるものです。検体は健康診断やワクチン接種のために小動物病院を訪れた健康な犬と猫から採取したもので、日本獣医師会の協力により地域に偏りがないように全国から収集したものです。1動物病院あたり犬と猫各1検体を飼い主に対するインフォームドコンセントを実施して同意を得たもので調査しました。

その結果を疾病の犬と猫の成績と比較したものを以下の図に示します。図の下に記載されたアルファベットは供試した抗菌薬の略号です(注意参照)。



【注意】
ABPC:アンピシリン,CEZ:セファゾリン,CEX:セファレキシン,CTX:セフォタキシム,MEPM:メロペネム,SM:ストレプトマイシン,GM:ゲンタマイシン,KM:カナマイシン,TC:テトラサイクリン,CP:クロラムフェニコール,CL:コリスチン,NA:ナリジクス酸,CPFX:シプロフロキサシン,ST:ST合剤


犬と猫ともに青は健康動物由来大腸菌を指し、赤は疾病動物由来大腸菌を示します。見ていただくとお分かりのように犬と猫由来大腸菌のいずれもが疾病由来大腸菌で高いことを示しています。特に以前ご紹介した日本獣医師会が実施した小動物病院における抗菌薬の使用実態調査で使用量の多かったセファロスポリン系薬やペニシリン系薬などのβ-ラクタム系抗菌薬やフルオロキノロン系薬の耐性率が高いことが分かり、抗菌薬の使用実態を反映したものになっています。なお、棒の上の星印は統計学的に有意差があることを示しています。


犬や猫は飼い主と非常に近いところで生活しており、動物由来薬剤耐性菌が糞便を介してヒトに伝播する危険性を孕んでいます。そこで病気の犬や猫と健康な犬と猫由来大腸菌について、医療上重要だと思われる抗菌薬の耐性率を比較し、さらに健康な家畜由来大腸菌と比較してみました(下図)。第3世代セファロスポリン系薬であるCTXの耐性率は、病気の犬と猫で40%程度であり、フルオロキノロン系薬であるCPFXで病気の犬で50%を超え、病気の猫で約35%と非常に高いものでした。一方、健康な犬や猫では両薬剤ともに10~20%で、家畜の耐性率に匹敵しました。なお、医療上最も重要視されるMEPMやCLの耐性菌は幸いなことに健康な犬や猫からほとんど検出されませんでした。

以上のことから、私たちの身近にいる健康な犬や猫は元来薬剤耐性菌が少ないことを示しており、薬剤耐性菌対策としても動物の健康維持に努めることの重要性を示しています。動物が健康であれば抗菌薬に暴露される機会もないことから、動物から飼い主に対する耐性菌の伝播も少ないことを示しています。つまり、動物の健康を守ることはヒトの健康を守ることにも繋がるのです。さらに病気の動物における薬剤耐性菌を制御するためには、起因菌の微生物学的な検査を励行し、治療効果を最大限に高めるとともに薬剤耐性菌の出現を最低限にする抗菌薬の慎重使用を推進する必要があると考えられます。
 


1)農林水産省動物医薬品検査所:薬剤耐性菌のモニタリング 
https://www.maff.go.jp/nval/yakuzai/yakuzai_p3.html
2)農林水産省動物医薬品検査所:平成 30 年度 健康愛玩(伴侶)動物(犬及び猫)由来細菌の 薬剤耐性モニタリング調査の結果, 2020年2月12日
https://www.maff.go.jp/nval/yakuzai/pdf/H30kenkocyousa20200212.pdf


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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