人の温かさと命の重みに気づき、「内科医」が天職に

―大学院は東京大学の獣医学専攻の博士課程に進んで獣医免疫学を修め、その後はアメリカのコロラド大学附属研究機関に留学されたとか。海外での研究生活はいかがでしたか。 
 自分自身の在り方を見つめ直す大事な転機になったと思っています。先ほどもお話ししたように、僕は「尖ったナイフ」のような性格の学生で、さらに研究でも成果を出すのが早いほうでしたから、天狗になりかけている部分があったと思うんです。でも、実際にアメリカに来てみると簡単だと思っていた英会話が通じないし、相手の言葉も聞き取れない。打ちひしがれる日々の中、コロラドで出会った方々の温かさ、優しさに戸惑いさえ感じ、「自分はナイフのように人を傷つけるサイテーな人間なのに。なぜ、こんなに温かい愛情を注いでくれるのだろう?」と自問自答を繰り返していました。人の温かさと自分の至らなさに気づける機会を20代のうちに得られたのはすごくありがたかったと思っています。


―コロラドではヒトの免疫学の研究に携わっておられたそうですよね。そこから日本の獣医療、しかも臨床内科医の道になぜ戻られたのでしょう。
 研究も順調で契約を更新するつもりだったのですが、たまたまビザの更新のために帰国したとき、東京農工大学から助教のお誘いのメールをいただきました。非常に悩んだのですが、「やはり自分は日本人なのだから、日本のために自分の能力を捧げたい」と思い至り、帰国しました。しかし、臨床の研究室に進んだのは偶然で、当時はまだ今のように「内科医が天職だ」と思っていたわけではなかったんです。


―では、内科医としてのモチベーションを高めるような重要な転機がもう一度あったのでしょうか。
 2009年に長男が早産で生まれたとき、NICU(新生児集中治療室)の先生が親身になって診療してくださった経験が大きく影響していると思います。そのときの長男は白血球の数値とCRPが異常に高く、肺のX線写真も真っ白。親としては不安でたまらなかったのですが、その若手の先生が寝る間も惜しんで、ほかの大学の先生方ともやりとりしながら本当に熱心に原因を探り、丁寧に状況を説明してくださって……。その先生の真摯な姿にものすごく心を打たれたんです。「自分が見ているこの先生の姿は、動物
の飼い主さんから見た自分の姿と同じなんだ」、「命を預かる以上、身を捧げる覚悟で本気にならなきゃいけない」。こう明確に意識するようになりました。


―アジア獣医内科学専門医の資格取得を目指されたのも、そうした経験が影響しているのでしょうか。
 はい。資格を取得した後も、「専門医はその分野に精通し、しかも常に情報をアップデートし続けなければ社会に貢献できない」という意識が、学び続けるモチベーションになっています。特に今の獣医療の進化のスピードはすさまじく速いですからね。自分の学びを止めれば、それは世の中の流れから後退してしまうことだと思っています。