インタビューシリーズ「獣医療のミライ」では、各分野で活躍する新進気鋭のスペシャリストの先生方に、研究や臨床から得た経験をもとにした未来へのビジョンや見解を語っていただきます。
第 12 回は、日本獣医生命科学大学獣医保健看護学科の教員であり、愛玩動物看護師でもある小田民美先生です。小田先生は、同大学付属動物医療センターの診療および学生の教育に携わりながら、研究者としても動物看護領域の発展のために幅広くご活躍されています。動物看護教育の先駆者である小田先生が、どのようなことを思い、今までの道を歩まれてきたのか。国家資格化した愛玩動物看護師は今後、活躍の場をどのように広げていくのが望ましいのか。先生のお考えをじっくり伺いました。

より多くの命を救うために選んだ、『教育者』という道
―― 小田先生が動物看護の道を目指されたきっかけを教えて下さい。
私の母は人医療の看護師で、看護の分野には元々興味がありました。看護の中でも、興味の方向が動物に向いたのは、飼っていた犬が病気になり、動物病院にお世話になったことがきっかけだったのかなと思います。その後、日本獣医生命科学大学(以下、日獣大)に獣医保健看護学科が新設されることを知り、動物の看護を学ぶために 1 期生として、入学しました。
当時の講義カリキュラムは今とは異なり、獣医学に追従したものでした。後で伺うと、当時の先生方も手探りの状態だったそうですが、学生時代の私は、そのカリキュラム自体に疑問はもちませんでした。とは言え、ふとした瞬間に、「動物看護は獣医学の追従ではなく、専門分野として確立されるべきではないか」と感じたことは覚えています。
―― なぜ、そのように感じられたのでしょうか?
母が人医療の看護師であり、大学の教員でもあったことが影響していると思います。母が作る講義のレジュメなどを目にする機会も多く、人医療では医学と看護学がしっかり区別され、看護師の方がどのような働き方をしているのかを知ることができましたから。人医療に比べると、動物医療はまだまだ発展途上なのかな、と感じていました。
当時は、日獣大の獣医保健看護学科を卒業しても、実際の臨床現場に出て働く人は 3~4 割で、動物看護師という職業に就かない人も多かったです。卒業生たちはもしかしたら、動物看護師という職業になんらかの疑問を感じていたのかもしれないですね。一方で、1 期生の卒業生の 1 割が大学院に進学していたので、「この学問を極めよう、発展させていこう」と考える人が多かった年代だったのかもしれません。
―― 大学時代はどのような研究をしておられたのですか?
現在と同じく代謝・栄養学研究分野の研究室に所属し、指導教員であった左向敏紀先生のもと、糖尿病を中心とした内分泌や代謝栄養学について研究していました。研究室では糖尿病の犬や猫が飼育されており、病気の動物の看護や栄養管理を実践的に学べる環境でした。学生のうちから病気の動物のケアを実践的に学べたことは、臨床現場で役立ったのはもちろん、その後の教育や研究の素地としても、貴重な経験になりました。
―― 小田先生は、なぜ大学院に進むことにされたのですか?
私が卒業するタイミングでちょうど、大学院が創設されることが決まっていたのですが、大学 4 年生のときは、「卒業したら動物病院に就職し、多くの動物を自分の手で救いたい」と考えていました。その考えを左向先生にお伝えすると、「自分ひとりの手で動物を救うには、限界があると思わないか? 動物看護の教育者として学生を育て、その学生たちが臨床現場で活躍してくれたら、より多くの動物を救うことができるんだよ。動物看護学の教育を先導する人材として、大学院進学という道もある」と、言ってくださったんです。その言葉に導かれるようにして、大学院に進むことを決意しました。今思うと、うまく誘導されたような気も少ししますが(笑)。でも、動物看護師の教育者がいなかった中で、新しい道を示してくれる恩師がいたこと、そして挑戦できる環境があったことは、本当にありがたかったです。