循環器疾患の中でも、非常に発生頻度の高い疾患「僧帽弁閉鎖不全症」。
本年1月に、2人の監修者と20人の執筆者によってつくられた「犬の僧帽弁閉鎖不全症」を発刊いたしました。本書籍では、循環器疾患を専門としている各施設での、ACVIMコンセンサスステートメントに沿った取り組みを紹介しています。
今回は、監修者でもある、日本獣医生命科学大学 獣医内科学研究室教授の松本浩毅先生に、日本における本疾患の見解や書籍のポイントについて、お話を伺いました。

まずは、松本先生がお考えになる、獣医療における循環器疾患のなかでの「僧帽弁閉鎖不全症」の位置付けを教えてください。
最も発生頻度の高い心疾患の一つですね。この2、30年で受診する疾患の種類は変わりました。以前は若齢を中心に感染症が多く、心疾患でいうとフィラリア症などの受診件数、死亡原因が多かったのですが、予防獣医学の発展により感染症での死亡率が非常に低くなりました。
しかし最近では、獣医療の発展による高齢化に伴い、だんだんと心疾患をはじめ、糖尿病や腫瘍などの感染予防ができない疾患が死亡原因としてあげられることが多くなりました。
全国の動物病院で診察する機会が増えてくることで、治療方法や診断の精度、それに伴う治療薬の選択にも違いが出てきていますね。
―― 件数が増えることによって、これまでの診療や治療方法に変化はあるのでしょうか。
そうですね。今まで行っていたような臨床経験や感覚に頼った治療ではなく、「エビデンス ベースド メディスン」という数多くの研究からエビデンスを得て、そのエビデンスに基づいた精度の高い診断・治療が、欧米、特にアメリカを中心に行われるようになってきています。
治療方法に対する寿命や、各症例における治療薬、予後などが世界的にデータとして蓄積されているので、精度の高い、飼い主様の安心感に繋がる診察ができるようになります。
もし、治療の間に何か変化があったとしても、その変化に対するエビデンスがあれば、飼い主様にしっかりとインフォームドコンセントをしながら治療を進めることができます。
動物にとってはもちろん、飼い主様とも信頼関係が得られる、非常に良い治療方法だと思います。
―― なるほど。特に一次診療施設で治療を行うにあたり、先生が大切だと思われることはなんでしょうか。
エビデンスがあること、そしてそのエビデンスに自分たちの経験が合致しているか確かめることですね。合致しているのであれば、経験だけで飼い主様への説明をするのではなく、「こういう根拠がありますよ」「自分の経験でも、この根拠と同じような結果が得られたので、この治療をやりましょう」などとエビデンスに基づいた方が、しっかりとしたインフォームドコンセントになります。
ただ、必ずしもエビデンスに乗っ取った治療を行っただけで上手くコントロールできるとは限りません。例えば、心臓病について書かれているエビデンスがたくさんあったとしても、そのエビデンスは心臓病だけの症例をまとめたものかもしれない。色々な合併症をもっている場合もあるので、心臓病だけのエビデンスを基に治療を進めていけるのかどうか考えることも必要です。
