人医療における輸血用の血液(以後血液)の必要性は説明するまでもないと思います。日本において血液はすべて献血によって確保されています。しかし日本赤十字は、献血率(献血可能人口に対する献血者の割合)が上昇しないまま少子高齢化が進むと、2027 年には約 85 万人分の血液が不足すると推測しています1)。特に極めて希少な血液型、例えばボンベイ型*などは 100 万人に 1 人の割合しか存在していないため、血液の不足は希少な血液型の人々にとって命に直結する重大な出来事です。
最近のニュースによると、英国の研究チームは通常の献血された血液から赤血球になりうる幹細胞を分離し、大量に増殖させる研究をしているようです2)


では、獣医療における輸血はどうでしょうか?犬や猫の外科手術時にも、時として輸血や血漿製剤の投与が必要な場面があります。しかし、犬や猫の血液は市販されてはおらず、日本ではドナー募集の呼びかけはしているもののボランティアの供血動物は決して多くはないということもあり、病院によっては供血犬や供血猫を飼育して輸血対応をしていることを第 2 回のコラムでも紹介しました3)
日本では血液や血漿製剤の製造・販売に参入する企業がない状況が続くと思われていましたが、そのような現況を打破するべく、日本の研究者が人工血液の開発を精力的に進めているようです4)。人工血液を動物用医薬品として開発する話は以前からあったのですが、どれも立ち切れとなっていましたので、非常に期待される研究です。そこで今回は、犬や猫用の人工血液の研究最前線について紹介したいと思います。

*ボンベイ型:ABO式血液型のうち、O型のバリエーションの一つ。インドの西部のボンベイ地方に多い。100 万人に 1 人程度で極めて希少な血液型。

獣医療における輸血の現状

まず、すでに紹介したことですが、復習のため日本の獣医療で実施されている血液の供給システムの現状を述べたいと思います3)

獣医療では供血ボランティアが少ないのが現状で、病院によっては供血犬や供血猫を飼育し、輸血が必要になった際に必要な分だけ供血動物から採血し、患者に輸血しています。病院内で採血された血液は未承認医薬品となるため、第三者に譲渡することは法律で認められていません。また、人ほど厳密ではありませんが犬や猫にも血液型があるため、血液型が一致しなければ血液を投与することができない場合があるという点がデメリットとして挙げられます。

このような状況のなか、血液型がない犬用の人工血液の研究が最近注目されています4)。この研究を主導しているのは、中央大学理工学部応用化学科生命分子化学研究室の小松晃之教授で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究が行われているようです。