再生医療(regenerative medicine)とは、病気やけがなどで機能を失った組織や臓器を修復する医療のことを言います。患者自身、または他者由来(他家)の幹細胞(全ての細胞のもとになる細胞)などを用いて、特定の細胞や組織を人工的に作り出し、それを移植することで失われた組織や臓器を再生する先端医療です。この分野の進展に多大な貢献をしたのが、2012 年にノーベル生理学・医学賞を受賞した、京都大学の山中伸弥教授が開発した人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)になります。2014 年にはiPS細胞が世界で初めて治療に用いられ、iPS細胞から作られた網膜によって、人の加齢黄斑変性の治療が実施されました。
一方獣医療領域でも、骨髄や脂肪組織由来の間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)を用いた骨髄損傷の治療やがん免疫療法などが実施されています。しかし、有効性が十分に証明されていない医療行為も散見されています。2021 年 3 月には世界初の犬用の「動物用再生医療等製品」がわが国で承認され、獣医再生医療の新時代を迎えています。そこで今回は、わが国の獣医再生医療の現状について紹介したいと思います。

獣医療における再生医療
再生医療には、体細胞、体性幹細胞、胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)およびiPS細胞から構築された組織を移植する組織補綴(ほてつ)療法や、リンパ球や単球などを活性化する免疫強化療法や、細胞が分泌する生体調節物質を利用するサイトカイン療法などがあります1)。犬や猫においても、先にも述べたように、脊髄損傷や軟骨損傷の治療に骨髄や脂肪組織由来のMSCを用いたり、腫瘍性疾患の治療に活性化リンパ球や樹状細胞を用いる試みが行われています。実際には、角膜損傷の犬に他家MSCを投与して血管新生が認められた報告やさまざまな臓器に対してMSCを投与した報告があります。
人医療と比較して、獣医療では法的な規制が厳格ではなく、再生医療に用いられる細胞の多くは、動物病院内の簡易な施設で調整されて使用されています。つまり、先端医療が獣医師の裁量で行われているという実情があるのです。なかには先にも述べたように、有効性が十分に証明されていない医療行為もあり、獣医療の信頼を損なうような事例も散見されています2)。
人医療に比べて、安全面や倫理面のハードルが低い獣医療における先端医療は、収益性の高いビジネスとなるため、企業がこの分野へ積極的に参入しています3)。乾性角膜炎、慢性腸炎、関節炎、椎間板ヘルニア、免疫介在性溶血性貧血などの治療や臨床研究が企業主導で開始されています。
家畜においてもさまざまな研究が実施されており、その一部は治療でも用いられています。競走馬の腱損傷の治療にMSCを用いた研究や、蹄底潰瘍や滑膜嚢胞の治療に牛の多血小板血漿(platelet-rich plasma:PRP)を用いた研究があります4)。さらに、免疫機能の強化および感染症の予防のために、子牛に他家の活性化リンパ球を投与する臨床研究が行われています。