獣医師が診療で最も使用するものは医薬品であると思います。なかでも、抗菌薬は特に重要です。従来、小動物領域ではほとんどの感染症例で人体薬が使用されていましたが、2017 年の日本獣医師会による実態調査で初めて、調査対象の病院のうち 37%が、動物薬として承認された抗菌薬を使用していることが明らかになりました1)。フルオロキノロン系にいたってはほとんどの病院が動物用の抗菌薬を使用していました。
ところで、獣医師が日常的に使用する動物用の医薬品には、先発医薬品(以下先発薬)と後発医薬品(以下後発薬)があり、価格以外にもさまざまな違いがあることをご存知でしょうか?
これらの違いを知ることは通常の診療においても有益であると考えますので、今回はその違いについて紹介したいと思います。

先発薬とは
先発薬とは最初に開発、承認、発売された医薬品のことで、一般薬や抗菌薬では有効成分が新規の化合物であることがほとんどです。先発薬は「新薬」とも呼ばれます。人用として使用していた有効成分を動物用に転用し、動物用として初めて使用する場合も先発薬となります。動物でまったく使用経験のない有効成分の先発薬を、業界ではピカピカに光る新しいものの例えで「ピカ新」とも呼びます。また、同じ化合物でも塩が違えば(例えばナトリウム塩がカリウム塩に代わる場合)、体内動態をはじめとして安全性や有効性にも影響するため、先発薬として審査されます。一方、ワクチンは同じ微生物を有効成分としていても、株によって性状が異なると考えられるため、株違いでも先発薬として承認審査されます。つまり、基本的にワクチンに後発薬はないことになります。
製薬企業が新薬の承認を受ける場合は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下薬機法)に基づいて承認申請をしなければなりません。申請には、製剤の性質、安全性、有効性に問題がないことを証明するさまざまな資料が求められます。図 1に一般薬と抗菌薬の先発薬の申請に必要な資料の一覧を示しています。

図 1.新薬の承認申請に必要な資料一覧
ワクチンは別の種類の資料となっています。
犬、猫用の医薬品の場合、家畜用とは異なり残留性試験は不要です。申請をする医薬品の有効成分がまったくの新規化合物である場合、毒性試験に非常に多くの費用がかかります。また、対象動物を使用する安全性試験や臨床試験にも莫大な費用がかかります。承認取得後に開発経費が回収できるような売り上げが期待できなければ、製薬企業も開発に二の足を踏むのです。希少な疾病に対する医薬品(オーファンドラッグ)は、さらに開発のハードルが高くなります。動物用の抗菌薬の使用期限は原則 1 週間であるため、使用量の大幅な増加が望めず、なかなか先発薬が出づらい状況にあります。どうしても企業は、連用される見込みのある慢性疾病の治療薬の開発に重点を置きます。承認申請のための資料が整えば、農林水産省へ提出して審査が行われます(図 2)。

図 2.新薬の承認審査の流れ
先発薬は事務局のヒアリングを経て、薬事・食品衛生審議会で厳重な審議を行い、申請から 2 年以上かけて承認されます。犬、猫用の医薬品の場合は、食品媒介性の人への健康影響評価(リスク評価)が不要ですので、食品安全委員会の審議はありません。そのため犬、猫用の医薬品は、人へのリスク評価が必要な畜産用の医薬品にくらべ開発がしやすい傾向にあります。このように、先発薬の承認を得るためには莫大な費用と時間と人員が必要になるのです。
先発薬が承認されると、その医薬品に通常 6 年間の再審査期間が設定されます(図 3)。

図 3.先発薬と後発薬の承認審査の流れ
再審査とは、先発薬が承認されて一定期間が経過した後に、対象動物への有効性や安全性を再度確認する制度です。この期間は後発薬の承認申請が受理されないため、先発薬の独占的な販売が保証されます。つまり、再審査期間は薬機法的に独占販売ができる期間となるので、製薬企業は積極的な販売戦略を展開します。それ以外の独占販売権は、特許の取得により保護されます。
なぜ先発薬に再審査期間が設定されるのでしょうか? それは承認申請の資料をもとに実施される臨床試験(治験)が、基本的に 2 カ所で、60 例以上という少数のデータの取得ができればよいため、対象動物の有効性や安全性が完全に確立されていないためです。車の免許でいえば「仮免」の段階であるため、臨床の現場で 6 年間かけて医薬品の有効性と安全性のデータを集積し、再審査の申請を行うのです。再審査が終了すれば「本免許」が与えられ、制度として後発薬の承認申請が受理されます。「先発薬の開発経費を考えると、6 年間の再審査期間が短い」という声をよく聞きます。なお、人体用抗菌薬の先発薬の有効成分を、動物用抗菌薬として申請する場合は、薬剤耐性菌の人医療への影響を配慮して、人体用抗菌薬の再審査期間が終了した後に農林水産省へ承認申請できるという、タイムラグを設けています。