アニマルウェルフェア(Animal Welfare; AW) という言葉が盛んにマスメデイアに登場するようになって、随分と時間がたったように思います。2010 年の第 78 回国際獣疫事務局(Office International des Epizooties;OIE)総会において陸生動物衛生規約の改定と追加が審議され、獣医師の業務として従来の動物の健康管理と公衆衛生管理に加えて、AW管理が追加されました1)。つまり、獣医師資格がある者はAWについて深く関与し、その普及・啓発にリーダーシップを発揮することが国際的に求められたのです。

OIEを所管する農林水産省も「AWに配慮した家畜の飼養管理の基本的な考え方について」2)を発出し、家畜の飼養管理指針や家畜の輸送に関する指針、農場内における殺処分に関する指針を公表し、その普及に努めているところです。ところが、10 年以上経過したにもかかわらず、AW管理業務を実践する獣医師のみならず広く国民全般のAWに関する理解が深まっていない状況が続いています。国際的な動物保護活動を実践する世界動物保護協会(World Animal Protection;WAP)の 2020 年版動物保護指数(Animal Protection Index; API)によると、対象とした 50 カ国について 10 の指標を評価したところ、最高位のAから最低位のGランクのうち、日本は中国・インドネシア・ナイジェリア・アルゼンチンなどと同じEランクとされています3)。これはG7各国で最低の位置づけであり、日本がいかにAWについて遅れているかを示しています。

最近、政府は農畜産物の輸出拡大を今後の重要な戦略と位置付けており、米国やEUへ牛肉を輸出するにあたってAWが非関税障壁になりうる状況にあり、対応が急がれています。一方、伴侶動物についてもAWに配慮した飼育が求められているものの、家畜と同様に遅滞している状況にあります。

そこで今回は日本のAWに関する現状を紹介するとともに、AWに関する獣医師の役割について考えてみたいと思います。
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*最近、OIEは正式名称をWorld Organization for Animal Health(WOAH)に変更になっています。 https://www.woah.org/
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アニマルウェルフェア(AW)と5つの自由

AWは日本語で動物福祉とも呼ばれていますが、そもそもAWは西洋で生まれた考え方であり、日本で福祉といえば社会保障を指す言葉として使用されていることから、本来の「幸福」や「良く生きること」という概念が欠落しています。したがって、AW=動物福祉には無理があるとのことで、畜産分野ではカタカナ表記にすることが多いようです。

AWの定義はOIEが定めており、「動物を生活及び死亡する環境と関連する動物の身体的及び心理的状態をいう」と定められています。つまり、あくまで動物が主語で動物の生活レベルが高い状態にあることを表しています。家畜関連学会では、その意味を「快適性に配慮した家畜の飼養管理」としています。そこには「情」は必要なく、動物の生活レベルを高める技術を科学的に追及することが求められます。一方、日本には「動物愛護」という独自の言葉があり、法律名にも使われていますが、AWとはまったく異なる考え方になります。動物愛護はあくまで人間が主語であり、「情」をもって動物に接することで、技術ではありません。このような観点から、「動物の愛護及び管理に関する法律(動愛法)」を愛護から福祉に改めるべきであるとの意見もあるようです。

AWの基本的技術は、「5 つの自由」を動物に与えることです。これは 1965 年に英国議会に提出された報告書(ブランベルレポート)で初めて使われた言葉で、1992 年に提案された要素が、現在、動物種や利用目的にかかわらずAW保証の国際的な共通認識になっています。それは、①飢え、渇きおよび栄養不良からの自由(健康と活力を維持させるため、新鮮な水および食餌の提供)、②恐怖および苦悩からの自由(心理的苦悩を避ける状況および取り扱いの確保)、③物理的および熱の不快からの自由(快適な休息場所などの提供を含む適切な飼養環境の提供)、④苦痛、障害および疾病からの自由(予防および的確な診断と適切な処置)、⑤通常の行動様式を発現する自由(十分な空間、適切な刺激、そして仲間との同居)の 5 つです。当初は図1 に示すように家畜に関する言葉として取りまとめられましたが、現在では実験動物、展示動物、伴侶動物など動物全般に適応される考えとなっています。⑤は欧州を中心に発展した動物行動学を背景にしたものですが、アメリカや日本では馴染みの薄い分野でもあります。ただ、動物が5つの自由を与えられて快適と感じる状態を科学的に判断する方法については、今もって国際的に確立したものがなく早急な研究が求められます。


図1.家畜のAWとは
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/attach/pdf/animal_welfare-101.pdf