今から半世紀前の私が学生であった頃は、イヌに対する健康危害要因として犬ジステンパーと犬糸状虫症(犬フィラリア症)が重要視されていました。ただ、犬ジステンパーに対する乾燥生ワクチンは1957年に国内で初めて市販され、高価であったものの全国的に普及しましたし、その後、犬伝染性肝炎予防ワクチンにレプトスピラ多価ワクチンを合わせた 3 種混合ワクチンによる予防が主流となっていきました。つまり、弱毒生ワクチンの接種によって、完全ではないものの犬ジステンパーの感染を予防できるようになりました。一方、犬糸状虫症は薬物療法があったものの、どれも副作用が強く、容易に予防できるようになるまでには、まだまだ時間が必要でした。やっと最近になって、有効性と安全性の高い画期的な予防薬が開発され、獣医師による管理が可能な疾病になっています。この犬糸状虫症の治療法や予防法の確立における日本人研究者の貢献は素晴らしいものであり、臨床獣医師として永く記憶に残す必要があると考えます。
そこで今回は、犬糸状虫症克服における日本の貢献と題して主な歴史を振り返ってみたいと思います。

犬糸状虫症の概要

まず犬糸状虫症の概要を述べたいと思います1)
イヌに寄生する糸状虫(フィラリア)は多種知られていますが、犬糸状虫症の原因は Dirofilaria immitisです。この糸状虫はネコにも寄生し、ヒトにも偶発的に寄生することが知られており、人獣共通感染症としても認識されています。1982年以前に報告された全国のイヌの寄生率は、1970年頃の北海道で 25 ~ 73%とされ、本州、四国、九州では都市部を中心に 30 ~ 50%であったとのことで、本病の重要性をうかがい知ることができます。その後、効果的な予防法が実施されており、1990年以降の寄生率調査では平均 8.9%と急激に低下しています。ただし、予防薬を服用していない保護犬では20%を超えているようです(https://n-d-f.com/forvet/pdf/material/2021_allinonenews_vol2.pdf)。

犬糸状虫の生活環を 図1に示しました。中間宿主は蚊で、ミクロフィラリア(mf)が蚊のマルピーギ管内で完全に発育した後に吻鞘(ふんしょう)からイヌの皮膚に感染します2)。体内に侵入した幼虫の動態を解明したのは、東京農工大学の久米清治教授でした3)。皮膚内に侵入した幼虫は、組織突破によって全身の皮下、筋膜下、筋、脂肪、漿膜下などの中間発育場所で約 3 ~ 4カ月の間発育し、体長が約 3 ~ 11 cmとなって静脈内に侵入します。その後、血流によって右心・肺動脈へ移行し、 3 ~ 4カ月後に成熟虫になることが明らかにされました。この研究を契機に、犬糸状虫症の治療や予防の研究が大きく前進することになりました。犬糸状虫症の病態発生には、成虫が生きた状態で寄生することによる発生と、死虫に対する反応があります。病態発生に関しては石原勝也教授や北川均教授などの岐阜大学による多くの研究があります4)。特に、本疾患の特徴である成虫の肺動脈寄生に伴う循環器異常に関する病態解明に多くの業績をあげ、循環器機能を改善する内科的治療や、成虫を除去する外科的治療の改善に繋がったものと思います。


図1 犬糸状虫の生活環
https://www.cdc.gov/dpdx/dirofilariasis/index.html