生物多様性を把握する取り組みが広く求められているにも関わらず、地下部では直接観察が難しい生物も多く、依然として情報が不足している。
土壌生態系の高次捕食者であるモグラ類では、これまで活動痕跡を定量しやすい農地や草地などで生息状況が調べられてきたが、森林や山地では調査が難しく、世界的にも「どこにどのくらい生息しているのか」が調べられてこなかった。
モグラ類について独自に興味をもっていた本学学生が、登山道を歩きながらアズマモグラのトンネルを入念に探索する試みを行い、山地林における生息密度の相対評価に成功した。

ニュース概要

【概要】
モグラ類は、地下に構築するトンネル網で一生のほとんどを過ごすため、彼らが「どこにどのくらいいるのか」を調べることは容易ではありません。特に、森林や山地では地形が複雑で、地表が植物や落葉に覆われることから活動痕跡の定量や捕獲調査が難しく、モグラ類を対象とした研究例は極めて限られています。
山形大学理学部の山澤 泰さんらは、山形県内の登山道を歩きながらアズマモグラのトンネルを入念に探索する試みを行い、山地林における生息密度の相対評価に成功しました。生息密度は森林の植生や土壌環境によって大きく異なり、ミミズが多い場所ほど生息密度が高い傾向が見られました。アズマモグラは土壌生態系における高次捕食者であることから、主に土壌環境に応じた生息密度の違いは、山地林の生物多様性を形作る上で重要な役割を担っている可能性があります。
本研究の成果は、日本生態学会の英文誌 Ecological Research に掲載(2025 年 2 月 10 日)されました。


【背景】
生物多様性に関する世界目標を定めた「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では、2030 年までに生物多様性の損失を食い止め、回復へと導くという目標(ネイチャーポジティブ)が掲げられました。この目標達成に向けては、生物多様性を広く把握する取り組みが欠かせません。しかし、地下部の生態系では、直接観察が難しい生物が多く、依然として基礎情報が不足しています。地下にトンネル網を構築して生活するモグラ類は、土壌中にトンネルを掘ってモグラ塚(右写真)を地表に作ったり、土壌生態系の高次捕食者 1 でもあることから、他種に大きな影響を及ぼします。そのため、モグラ類の生息状況を明らかにすることは、生物多様性を理解する上でも重要です。
モグラ類は街の公園から農地、草地、山地まで幅広い環境に生息する身近な野生動物です。農地などの平坦で開けた場所では、モグラ塚などの活動痕跡を定量したり、捕獲調査を行うことで「どこに多く生息しているのか」が調べられてきました。一方で、森林や山地では落葉の堆積や複雑な地形の影響により、生息状況の調査は困難です。本来、モグラ類は森林棲の哺乳類だとも考えられていますが、これまで森林や山地において生息状況を定量的に調べた研究例は、世界的にもありませんでした。
モグラ類について独自に興味をもっていた山形大学理学部(現在は富山大学大学院理工学研究科)の山澤 泰さんは、大学近郊の登山道でもアズマモグラ 2 の活動痕跡を発見できることや、その頻度が環境によって大きく異なることに気が付きました。そこで、卒業研究において、アズマモグラの生息状況をさまざまな場所で定量的に把握し、比較する試みを行いました。

【研究手法・研究成果】
山澤 泰さんと山形大学学術研究院(理学部主担当)の富松 裕 教授は、登山道に沿ってアズマモグラのトンネルを探索し、その密度を森林の植生が異なるさまざまな場所で比較しました。
山形県内の千歳山(標高 471 m)や白鷹山(標高994 m)など 6 か所において、未舗装の登山道を調査ルート(計 29 本,総延長 9214 m)として設定しました(図1a)。2023 年 4~10 月まで、各ルートを毎月 1 回、連続した2日間に歩き、登山道を横切るトンネルを入念に探索しました。トンネルには、地表付近に見られる分かりやすいものから、地上から見ただけではほとんど分からないものまであります。そのため、地表から見える小さな痕跡を頼りにしつつ、底の薄い靴で地面がわずかに沈むところを見つけて一つ一つスコップを刺し込み、トンネルであるかを確認しました。見つけたトンネルは、一部を崩して土で埋めます(図1b)。モグラは、使用中のトンネルが崩されると直ぐに修復します。翌日、同じ調査ルートを再び歩き、モグラによって修復されていたトンネルを「現在モグラが使用しているトンネル」として数えました(図1c)。歩いたルート 1 km 当たりの修復されたトンネルの本数を「トンネル密度」とし、本種の相対的な生息密度の指標としました。
その結果、調査を行った 6 か所すべてでトンネルが確認され、アズマモグラが山形県内の山地林において広く生息することが確認できました。しかし、その生息密度は森林の植生(ナラ林,ブナ林,スギ人工林)によって大きく異なり、ミミズ類のバイオマス(生重量)が大きい場所ほどアズマモグラの生息密度が高い傾向が見られました(図2)。これは、農地や草地と同様に、山地林においてもミミズ類が餌資源として重要であることを示しています。また、ミミズ類のバイオマスが土壌水分や土壌硬度によって変化していたことから、アズマモグラの生息密度は主に土壌環境に応じて異なると考えられました。


図1.調査方法の概要。(a)調査ルートの一例。両脇は植物や落葉に覆われ、モグラの活動痕跡を定量することは容易ではない。(b)調査ルート上で発見したトンネルは崩して土で埋めておく。破線に沿ってトンネルが横切っていた。(c)モグラによって修復されたトンネルを数えて、ルート 1 km あたりのトンネル本数を「トンネル密度」として算出した。


図2.ミミズ類のバイオマス(単位土壌体積あたりの生重量)が大きい場所ほど、アズマモグラのトンネル密度が高くなる傾向がみられた。トンネル密度は 4~10月を通じた平均値である。シンボルの違いは調査地(6か所)の違いを、色の違いは森林植生の違いを、実線は全体の傾向(モデル分析の結果)を表している。

【論文の詳細】
表題:
Quantifying the relative abundance of the lesser Japanese mole (Mogera imaizumii) in mountain forests: a comparison between natural broad-leaved forests and conifer plantations
著者:
山澤泰、富松裕(山形大学理学部)
雑誌:
Ecological Research
DOI:
10.1111/1440-1703.12548(オープンアクセス)

【今後の展望】
登山道におけるトンネル密度は、山地林においてモグラ類の生息状況を評価する上で有効な指標になると考えられます。また、アズマモグラの生息密度の違いは、山地林の生物多様性を形作る上で重要な役割を担っている可能性があります。今後は、森林や山地におけるモグラ類の生態や生態系における役割、環境変化が与える影響の解明につながることが期待されます。

※用語解説
1.高次捕食者:
食物網の上位に位置する捕食者で、他種の個体数や食物網の安定性に大きな影響を及ぼす。
2. アズマモグラ:
東日本を中心に広く分布するモグラ科の 1 種。山形県に生息する地下性のモグラ科は本種のみ。


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