ポイント
◇メダカのオスは、メスと無制限に出会える条件下で、1日平均19回の産卵行動が可能。
◇開始数回の産卵行動では受精率がほぼ100%だったが、10回目以降は著しく低下。
◇「精子は有限である」という、これまで見過ごされがちであった重要な視点を提供。
ニュース概要
<概要>
大阪公立大学大学院理学研究科の近藤 湧生特任助教、幸田 正典特任教授、安房田 智司教授の研究チームは、ミナミメダカ(以下、メダカ)のオスの 1 日あたりの放精回数の限界と、連続した産卵行動が放精数や受精率、オス・メス双方の行動に及ぼす影響を包括的に解明しました。
研究チームは、メダカのメスを一匹ずつ入れた水槽を複数用意し、オスを次々と異なるメスの水槽に入れて産卵行動を観察。その結果、オスは 1 日平均 19 回の産卵行動が可能で、1日の総放精数の 50%以上を最初の 3 回の産卵行動で消費することが分かりました。また、開始数回の産卵行動では受精率がほぼ 100%でしたが、10 回目以降は著しく低下し、完全に未受精となることもありました。さらに、精子が枯渇した
オスとの産卵行動においてもメスは産卵数を調整しないことが判明。結果として、連続した産卵行動において、オスは少量の精子でも卵を受精することができますが、メスにとっては多くの卵が無駄になることが明らかになりました。本研究結果は、動物の繁殖メカニズムの理解において、「精子の有限性」という、これまで見過ごされがちであった重要な視点を提供します。
本研究成果は、2025 年 1 月 8 日に国際学術誌「Royal Society Open Science」にオンライン掲載されます。
<近藤 湧生特任助教のコメント>
メダカは、家で飼う人も多く、小学校の授業でも活躍しています。また、科学者たちは長い間メダカを使って生物学や医学の研究をしてきました。今回の研究で、そんなメダカの驚くべき能力や、生き物のオスとメスが子孫を残すときの関係について明らかにしました。これからもメダカの生活や能力を調べていくことで、思いがけない新しい発見につながるかもしれません。
<研究の背景>
オスは小さな精子をたくさん作り、メスは大きな卵を少しだけ作るという違いから、オスは何度も放精ができると考えられています。しかし、最近の研究から、莫大な数の精子を作るには多くのエネルギーや時間が必要だということが分かってきました。オスは 1 日に何回まで放精が可能かを知ることは、生き物がどのように子孫を残しているのかを理解するうえで重要です。しかし、オスの放精回数の限界や、連続して産卵行動をしたときの精子数や受精率への影響、オスとメスの行動の変化などについて包括的に調べた研究はありませんでした。
魚類は、水中へ卵と精子を放出して体外受精をするため、卵や精子の数量の把握が難しいとされていました。研究グループは過去の研究で、水中に広がったメダカの放精数を正確に測る手法を開発。また、メダカのオスが 1 日に何度も産卵行動をし、メスは 1 日 1 回しか産卵しないという特徴を生かし、包括的に繁殖メカニズムを解明しようと考えました。
<研究の内容>
メダカのオスとメスを一晩別々の水槽に入れておき、翌朝からオスとメスを 1 匹ずつ同じ水槽に入れて 2 匹の行動をビデオカメラで撮影しました。そのペアが産卵行動を終えると、すぐにオスだけを別のメスがいる水槽に移して産卵行動を観察するという作業を繰り返しました。ペアが 20 分経っても産卵行動をしなかった場合は、オスを別のメスがいる水槽に移し、オスが 3 回連続で産卵行動をしなくなったところで実験を終了しました(図 2)。
ペアの産卵行動が終わるたびに、メスのお腹にぶら下がっている卵を全て集めて受精率を調べ、オスの放精数を数えました。さらに、ビデオ映像からオスとメスの行動、特にオスの求愛行動の活発さを分析しました。
図 2 実験の流れ。色分けは異なる個体を表す。オス(青)が 3 回連続で産卵行動をしなくなるまで繰り返した。
また、産卵行動ごとに、放精数と受精率を調べた。
オスの産卵行動は 1 日に 10 回程度は可能だと予測していましたが、実験の結果、1 日平均19 回(最多 27 回、最少 4 回)可能であることが分かりました。さらに、メスの産卵数は平均 12 個(最多 30 個、最小 3 個)、オスは 1 回の産卵行動で数万から十数万個(最多 210,875個)もの精子を放出することが分かりました。放精数は産卵行動の回数を重ねるほど劇的に減少。最初の産卵行動では平均 46,388 個の精子を放出していましたが、最後の産卵行動では2,775 個(最初の 0.5〜6.3%)にまで減り、1 日の総放精数の 50%以上が開始 3 回の産卵行動で消費されていることが分かりました(図 3a)。このような放精数の減少は卵の受精に大きな影響を及ぼし、開始数回の産卵行動では受精率がほぼ 100%でしたが、10 回目以降は 100%の場合は少なく、全てが未受精卵、つまり受精率が 0%の場合もありました(図 3b)。調査の結果、約30,000 個以上の精子が放出された場合はほぼ 100%の受精率でしたが、それ以下では受精率が大きく低下することが確認されました(図 3c)
図 3 (a, b)オスの放精数は産卵行動の回数を重ねるごとに急激に減少し、それに伴って受精率も減少。
(c) 約 30,000 個以下の精子数では受精率が大きく減少。
オスの行動にも変化が見られ、メスへの求愛行動、すなわちメスを追いかける(したがい)行動の時間や求愛円舞の回数が、産卵行動の回数を重ねるごとに減少しました(図 4)。一方、メスは 1 日 1 回しか産卵しないにもかかわらず、精子が枯渇したオスと産卵行動をした場合でも産卵数を減らすことはありませんでした。また、産卵行動後のメスを解剖した結果、ほとんどのメスが産卵可能な卵をすべて放出していることが確認されました。連続した産卵行動において、オスは少量の精子でも卵を受精させることができますが、メスは精子が枯渇したオスとの産卵行動により、生産した卵の一部、もしくは大部分が受精できないことを意味し、結果として、オスの精子の枯渇がメスに悪影響を及ぼすことが示唆されました。
図 4 オスの求愛行動は産卵行動の回数を重ねるごとに減少。
<期待される効果・今後の展開>
本研究は、メダカのオスが持つ繁殖能力には限界があることを示しました。その限界が放精数や受精率、さらにはオスとメスの行動にどのように影響するのかを定量的に明らかにした初めての研究です。特に重要な発見は、オスが精子の枯渇により受精能力が低下していても産卵行動を継続すること、そしてメスがそれに対して拒否や産卵数の調整をしなかったことです。この結果は、精子という限られた資源をめぐってオスとメスの間に性的な利害の対立が生じることを示唆しています。
自然環境では、餌を確保したり、配偶相手を見つけたりなどの制約があるため、実際の産卵行動は本研究の回数より少ないと考えられます。今後は、野生の環境でオスがどれくらい産卵行動をするのかを調べ、精子が少ないオスをメスがどう選ぶのかを研究することで、実は未解明の点が多いメダカの生態についての理解が進むと期待されます。
本研究の成果は、動物がどのように繁殖するかを理解する上で、「精子が有限である」というこれまで見過ごされがちだった視点を提供します。また、行動生態学上、極めて重要なテーマの一つである精子や卵を作るためのコストと、オスとメスの間ではたらく性選択や性的対立の関係について重要な示唆を与えるものです。
<資金情報>
本研究は科研費 研究活動スタート支援 22K20666、科研費 挑戦的研究(開拓)20K20630、科研費 学術変革領域研究(B)23H03868、大阪市立大学戦略的研究 OCU-SRG2021_BR10の助成を受けたものです。
<掲載誌情報>
【発表雑誌】Royal Society Open Science
【論文名】Male medaka continue to mate with females despite sperm depletion
【著者】Yuki Kondo, Masanori Kohda, Satoshi Awata
【掲載URL】https://doi.org/10.1098/rsos.241668
詳細はこちら
https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-15120.html