・世界中の人医療で問題となっている薬剤耐性菌のパンデミッククローンが自然界にも拡散。
・人と自然環境との間で遺伝的類似性の高いパンデミッククローンが見つかった。
・薬剤耐性菌対策へのOne Health Approachの重要性が一層高まる。

概要

 北海道大学大学院獣医学研究院、同One Healthリサーチセンターの佐藤豊孝准教授、札幌医科大学医学部の安田 満准教授、髙橋 聡教授、神戸大学大学院人間発達環境学研究科の源 利文教授、鳥取大学農学部共同獣医学科の原田和記准教授、岐阜大学大学院連合獣医学研究科の浅井鉄夫教授らの研究グループは、人で問題となる薬剤耐性大腸菌株クローンのST131が、国内の野生動物(アライグマ、タヌキ、キツネ、シカ)や河川・湖といった水系環境から分離されることを明らかにしました。全ゲノム解析の結果、野生動物や河川・湖から分離されたST131の一部は人から分離されるST131と遺伝的な類似度が高いことが分かり、人社会から自然環境へのST131の拡散が示唆されました。

 薬剤耐性菌感染症の増加や多剤耐性化は世界共通の問題であり、2050年には世界中で年間1000万人が本感染症により死亡すると推定されています。ST131は、細菌感染症治療薬として臨床現場で使用されるフルオロキノロン系抗菌薬に耐性を示し、他の系統の抗菌薬にも高頻度に耐性を獲得している大腸菌クローンです。世界中の臨床現場に広がり、問題となっていることから、「インターナショナルハイリスククローン」や「パンデミッククローン」と呼ばれ、注視されています。今回の研究結果から、世界中で問題となっている薬剤耐性菌の抑制には、人-動物-環境を横断したOne Health Approachに基づく対策がより重要と考えられます。

 なお、本研究成果は、2024年3月23日(土)公開のOne Health誌に掲載されました。

ニュース概要

【背景】

 薬剤耐性菌感染症の増加や多剤耐性化は世界共通の問題であり、2050年には世界中で年間1000万人が本感染症により死亡すると推定されています。
 腸管外病原性大腸菌(ExPEC)は、臨床現場で尿路感染症や血流感染症を引き起こす最も一般的なグラム陰性菌です。その中でも、フルオロキノロン系抗菌薬に耐性を示す国際的なハイリスク・ExPECクローンであるST131は、世界中の臨床現場に広がるパンデミッククローンです。その病原性とCTX-M型の基質拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)を産生することにより、高頻度に第三世代セファロスポリン系抗菌薬に耐性を示すため、臨床上の懸念を引き起こしてきました。一部のST131株は、現在臨床上の治療での切り札とされるカルバペネム系抗菌薬にも耐性を示すなど、多剤耐性化傾向が認められています。さらに、コリスチンやチゲサイクリンといった多剤耐性菌への最終選択薬にも耐性を示すST131も報告されています。
 近年、ST131は人の医療現場だけではなく、健常者やイヌやネコなどの伴侶動物も一定の割合で保菌していることが報告されており、人社会におけるST131の拡散・循環・定着が危惧されています。さらに国内では、野生動物由来のESBL産生大腸菌からST131の分離の報告がされています。ST131の野生動物及びその周辺環境への拡散は、人社会と自然環境との間でのST131の循環を示唆しており、ST131の根絶を一層困難にすることが懸念されます。
 本研究では、日本国内の自然環境(水環境や野生生物)及び人から分離されたST131を解析し、人及び自然環境へのST131伝播の可能性とその状況を評価しました。


【研究手法】

 2016年から2021年にかけて、岐阜県内の野生動物の糞便(タヌキ、シカ、キツネ、アライグマから5株)及び水系環境(岐阜県内の河川や琵琶湖の水から11株)から分離・同定されたST131を解析対象としました。ST131のClade分類をマルチプレックスPCR法により行いました。これら自然環境由来ST131株と人由来ST131株との遺伝的背景を比較するため、2016年から2021年にかけて岐阜県と滋賀県の患者の尿検体から分離されたフルオロキノロン耐性大腸菌57株についても解析対象としました。これらST131株の全ゲノム解析を実施し、公共データベースから入手可能な国外のST131株のゲノムデータを含め系統樹解析を行いました。


【研究成果】

 本研究では、6株のST131 Clade C2を除き、全てST131 Clade C1に分類され、CTX-M型ESBL遺伝子(それぞれblaCTX-M-14とblaCTX-M-27)を有するC1-nM27とC1-M27からなるsub-Cladeに分類されました。Clade C1は、2000年代以降日本全国に広がっているST131と一致します。
 全ゲノム解析による系統樹解析の結果、国内のST131株は公共データベースから入手した国外のST131株とは遺伝的類似性が低いことが分かりました。さらに、国内の人、水環境及び野生生物から分離されたST131はいくつかのアクセサリーゲノムに基づくクラスターに分類され、コアゲノムSNP解析により、人、河川/湖水及び野生生物から分離されたいくつかのST131株が互いにクラスター化し、遺伝的類似度が高いことが明らかになりました。これらの結果は、人社会で広がりを示すST131の一部が野生動物や周囲の自然環境にも広がっていることを示唆する結果です(図1)。


【今後への期待】

 今回の研究結果から、世界中で問題となっている薬剤耐性菌の抑制には、治療で抗菌薬が多く使用させる臨床現場内のみでの対策では不十分である可能性を示しており、人-動物-環境を横断したOne Health Approachに基づく対策がより重要になってくると考えられます。今回の研究結果が日本も含めた各国政府主導の耐性菌対策にとって有益な科学的知見となることを期待します。


【謝辞】

 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)(JP20ak0101118h0002及び23gm1610012h0001)及びAMED創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP23ama121039)、JSPS科研費(JP21H03622、JP22H00491、JP22K19416)、JST STARTプログラム(ST211004JO)、厚生労働省厚生科研新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業(23HA2010)及び武田科学振興財団の支援を受け行われました。


論文情報
論文名:
Traces of pandemic fluoroquinolone-resistant Escherichia coli clone ST131 transmitted
from human society to aquatic environments and wildlife in Japan(パンデミックフルオロキノロン耐性大腸菌クローンST131の人社会から水環境及び野生生物への拡散の痕跡)
著者名:
佐藤豊孝1、2、3、上村幸二郎4、安田 満5、前田愛子1、2、源 利文6、原田和記7、杉山美千代8、生島詩織8、横田伸一4、堀内基広1、2、3、髙橋 聡5、9、浅井鉄夫8
(1北海道大学大学院獣医学研究院衛生分野獣医衛生学教室、2北海道大学大学院国際感染症学院、3北海道大学One Healthリサーチセンター、4札幌医科大学医学部微生物学講座、
5札幌医科大学医学部感染制御・臨床検査医学講座、6神戸大学大学院人間発達環境学研究科発達科学部/国際人間科学部、7鳥取大学農学部共同獣医学科臨床獣医学講座、8岐阜大学大学院連合獣医学研究科動物感染症制御学教室、9札幌医科大学附属病院検査部)
雑誌名:One Health(Elsevier社の専門誌)
DOI:10.1016/j.onehlt.2024.100715
公表日:2024年3月23日(土)(オンライン公開)


【参考図】


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