まとめ

以上のように様々な媒体を利用して正確な情報を専門家や一般市民に伝えることがいかに難しいことかお判りいただけたかと思います。これには情報の発信の仕方の問題や、受け手となる末端に居る方の認識に問題があるのかもしれません。情報発信者として考えてみれば、私たちは獣医学上の専門知識とか技術を身に着けることに日々努力はしてきましたが、情報を正確に伝えるための技術とか方法を学んでこなかったという反省があります。科学的に正確な情報を伝えたいというあまり、相手に理解してもらうという相手の立場に立った情報発信になっていなかったのではないかと思うのです。




今回の事例はあくまでAMR対策での話で、小動物病院での獣医師から飼い主に対する説明とは異なるかもしれません。しかし、正確な情報を伝えるという点では考える余地があるように思います。例えば一般の方に話すにも、科学的には正しくても仲間内のように専門用語を多用した分かりにくい説明になっていないでしょうか?我々のような獣医師仲間には通用する話でも、一般人に対してはそれなりの伝え方を考える必要があるということです。

また、一般人にも知識レベルや関心レベルなどが異なっており、一律の方法での説明では納得してもらうことは難しいように思います。言葉で言うのは簡単ですが、私自身を考えても正確な情報発信は重要ですが非常に困難なことと認識しています。ただ言えるのはあくまで相手の立場を考えて説明をするということで、相手が理解するまで言い方を変えるなどで説明を繰り返すことであろうと思います。翻ってみるとAMR関連の正確な情報を広く国民全体に広げるためには、短期的な結果を望むのではなく、地道に努力を積み重ねていくしかないように感じています。最近、科学的な出来事を分かりやすく説明して相手に理解してもらうというサイエンスコミュニケーションという学問の必要性が議論されています。全くの同感で獣医学のサイエンスコミュケーターの育成も今後の課題だと思われます。なお、伴侶動物獣医師のAMR関連の認知度については日本獣医師会がアンケート調査を実施することになっており、結果が公表された時にご紹介したいと思います。


1)農林水産省動物医薬品検査所:動物用抗菌性物質製剤の慎重使用の考え方
https://www.maff.go.jp/nval/yakuzai/yakuzai_p5.html
2)AMR臨床リファレンスセンター:かしこく治して、明日につなぐ~抗菌薬を上手に使ってAMR対策~ http://amr.ncgm.go.jp/information/2021senryu.html
3)薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会:薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2020
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000881539.pdf
4)薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会:薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2019
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000691722.pdf


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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