プラセボの概要と対策

プラセボはラテン語で「私を喜ばせる」に由来し、日本語で偽薬といわれるものです。薬としての効き目のない乳糖やでんぷんなどを錠剤やカプセル剤などにし、薬のようにみせたものです。プラセボ効果は 1955 年にHenry K. Beecherにより報告されて、広く知られるようになりました¹⁾。具体的には 15 の種々の疾患に対してプラセボを用いた試験を解析し、1,082 例中 35%の患者にプラセボのみで効果が認められたのです。プラセボは薬の臨床試験に使われるだけでなく、特に効果が期待される痛みや下痢、不眠といった症状に対して、治療法のない患者や副作用のある患者に対して安息をもたらすために、本人や家族の同意の元に処方されることもあるようです。一方でプラセボに一定の効果があるかについて、疑問視する意見もあるようです。2001 年にHróbjartssonらは、痛みの症状はプラセボで若干改善されましたが、それ以外では自覚症状や他覚症状を改善する証拠はなかったと述べています²⁾。

薬の臨床試験でプラセボの重要性を先に述べましたが、プラセボによって望まない副作用(有害作用)が現れることがあります。このことをノセボ(nocebo)効果と呼んでいます。副作用があると信じこむことによって、その副作用が強く出現するのではないかと言われています。

また、投薬を継続している被験者が「この薬は効かない」と思い込むことによって薬の効果がなくなる場合もノセボ効果と呼びます。また、プラセボ効果は薬の臨床試験で薬効の正確な評価を行う上での妨げにもなります。用いる薬に依存しない効果が上乗せされるため、正確に薬効を評価できないのです。そこで新薬の臨床試験で用いられるのが二重盲検比較試験法(Double blind controlled test)になります(下図)


これは評価する薬の情報を医師(観察者)からも患者からも不明にして行うものでプラセボ効果の影響を防ぐことができます。

実際には、誰が有効成分を含む薬を服用しているのか、誰がプラセボを服用しているのかを、試験を受ける患者さんにも、担当している医師、薬剤師、看護師などにもわからないようにして臨床試験が実施されるのです。この時、試験薬とプラセボは外見、重さ、味覚など区別できないように全く同じものにします。なお、二重盲検比較試験法の欠点は、ある病気の治療において重要な薬である場合、プラセボを使用した患者に多大な不利益を与える可能性があることです。緊急を要する病気であればなおさらです。したがって、試験開始前にインフォームドコンセントを十分に実施することが重要になります。



以上のように薬の効果というものは、使用される人の心理的な影響が色濃く反映されることが多いことを示した話だと思われます。疑い深い性格の人は無理ですが、服薬にあたって、「この薬はすばらしい効果がある」と信じることで、薬効以上の効果が期待できるのです。では動物を治療対象とした新薬の臨床試験ではどうでしょうか? 確かに犬や馬は賢い動物と思えることは多々ありますが、薬の性質までは理解できません。では動物用の新薬の評価にプラセボ効果を無視して良いのでしょうか? 薬の評価では動物が症状を訴えることはできませんので、飼い主や担当する獣医師が被験動物に代わって薬効を判断すると考えると、やはり薬の種類によっては二重盲検比較試験法により科学的に評価することが最善と考えます。薬を評価する人の心理的な影響をも排除し科学的に評価することが正しいと思います。

一方、病気の重篤度や臨床試験に参加する方々の意見で、二重盲検比較試験法が設定できない場合が多々あります。その場合は、もし同種同効薬がある場合は比較対象(コントロール)として設定し、新薬と比較することがあります。また、投与前の状態をコントロールとして、投薬後の状態と比較する試験も行われています。しかし、これらの方法では正確に新薬の薬効を評価することが難しいのです。したがって、動物の新薬の臨床試験は人の場合以上に難しいことを理解する必要があります。



1)Beecher HK (1955). “The powerful placebo”. Journal of the American Medical Association 159 (17): 1602–1606. doi:10.1001/jama.1955.02960340022006. PMID 13271123.
2)Hróbjartsson A, Gøtzsche PC; Gøtzsche (2001). “Is the placebo powerless? An analysis of clinical trials comparing placebo with no treatment”. New England Journal of Medicine 344 (21): 1594–1602. doi:10.1056/NEJM200105243442106. PMID 11372012.


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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