エゾウイルスの発見

2019年と2020年に山林に滞在してダニに刺咬された患者2名が札幌市内の病院を受診しました。マダニに刺された後、数日から2週間程度の内に発熱・血小板減少といった急性症状を示しました。刺咬部皮膚の所見として、一例では虫刺咬痕と思われる小丘疹とその周囲の発赤が認められ、もう一例では紅斑/色素沈着様の発疹が多数認められました(図1)

▼図1.患者のダニ刺咬部皮膚の所見
https://www.niid.go.jp/niid/images/plan/kisyo/4_matsuno.pdf


それ以外の症状としては、白血球減少、肝機能酵素の上昇、筋原性酵素の上昇、フェリチン値の高度上昇などの異常所見が認められました。患者の検体を用いて免疫不全マウスと培養細胞でウイルス分離を行った材料から、次世代シークエンサーを用いて網羅的ウイルス探索によるウイルス遺伝子断片を検出して解析したところ、オルソナイロウイルスの新種のウイルスが検出され、エゾウイルス(Yezo virus)と命名されました(図2)

▼図2.エゾウイルスの電子顕微鏡写真
https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/rakuno.ac.jp/wp-content/uploads/2021/09/22132006/7a7bfbcafe49d6d5b087e212f2d94d3b-2.pdf


患者が発熱していた期間にエゾウイルス遺伝子が血中から検出され,解熱後に消失していたことから、急性の熱性疾患の原因がエゾウイルスであると考えられました。また研究チームはウイルス遺伝子の検出方法と、ウイルスに対する特異抗体の検出方法をそれぞれ樹立し、本感染症の実態把握のための疫学調査を行いました。


2014年から2020年までにダニに刺咬されてダニ媒介性感染症が疑われた患者血清 248 検体を用いて検査したところ、5検体(2.0%)からエゾウイルス遺伝子が検出されました。最も古い陽性検体は 2014 年でした。さらに、北海道内の野生動物におけるエゾウイルスに対する抗体調査を実施したところ、エゾシカで 0.8 %(6/785 個体、2010 年?2019 年)、アライグマで 1.6 %(3/182 個体、2017 年?2020 年)の陽性個体が見つかりました。また、同じく北海道内のマダニにおけるエゾウイルス遺伝子調査を実施したところ、調査したオオトゲチマダニ、ヤマトマダニ、シュルツェマダニでそれぞれ、3.7 %(4/108 個体)、1.9 %(4/213 個体)、1.3 %(2/156 個体)が遺伝子陽性でした。これらの結果は、エゾウイルスが他のナイロウイルス同様にマダニによって媒介されるウイルスで、既に北海道に定着していることを示しています。さらに、本州での野生動物の調査でエゾウイルス特異抗体が検出されており、本感染症が北海道に限局したものでない可能性があります。

以上のように、北海道で新たなダニ媒介性感染症であるエズウイルス感染症が発見され、野生動物やダニにウイルス遺伝子や特異抗体の陽性個体が存在することが明らかになりました。また、本州での野生動物にも特異抗体が検出されたことから、北海道以外でも発生する可能性があることも示しています。今のところ、発見から日も浅いことから犬や猫の関与は不明ですが、これまでダニ媒介性感染症が犬や猫に感染し、ヒトの感染源になった事例もあることから、今後の研究動向に注視する必要があると思います。なお、今のところエゾウイルスに感染したヒトでの死亡例がないようです。



エゾウイルス感染症に関する情報は以下の通りです。
1) 北海道大学ほか:プレスリリース 北海道におけるエゾウイルス熱を発見-マダニが媒介する新たなウイルス感染症-2021年9月22日
https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/rakuno.ac.jp/wp-content/uploads/2021/09/22132006/7a7bfbcafe49d6d5b087e212f2d94d3b-2.pdf
2) 松野啓太:エゾウイルスについて,希少感染症診断技術研修会(国立感染症研究所)
https://www.niid.go.jp/niid/images/plan/kisyo/4_matsuno.pdf


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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