各分野のトップランナーが、どのように学んできたのか。
そして、どのように学びを臨床に活かしているのか。
「明日の獣医療を創る」は、すべての臨床獣医師に捧げるインタビューシリーズ。
第13回は藤田淳先生です。
外科解剖は4次元である
―藤田先生が外科を志した理由を教えてください。
昔から野生動物に興味があり、国立公園のレンジャーのような仕事がしたいと獣医師を志しました。そしてその分野に強い北海道大学獣医学部に進学をしました。ところが入ってみて実習等に参加してみたら、自分が期待していたものとはちょっと違う。
そこで将来をどうしようかと考えて、せっかく獣医師の資格をとったのだからきちんと臨床を経験したいと東京大学の研修医になりました。
―その際に外科を選択したということですか?
そうです。研修医になるとき、外科と内科の二択でしたので、外科をとりました。
というのも、私は文字を追って勉強するということが苦手で(笑)。反面、絵や形といった見えるものが好きで造形を理解したり違いを見分けたりするのは得意でした。だから、サンプルを観察する病理学が大学での専攻でもありました。外科か内科かを選ぶときに直感的に外科を選んだということです。
―絵画がお好きであることから病理を専攻し、外科を選択したということは、面白い観点ですね。
実は私が特に苦手なのは薬理です(笑)。薬理の教科書はご存じのようにカタカナが羅列しています。私にとっては、この文字列の違いを把握することが非常に難儀でした。病理学でも診断には多くの文献的な知識が要求されますが、鏡検は絵面ですので把握しやすいですね。
また絵画は二次元で表現されているものを三次元として置換して楽しみ、逆に三次元のものを二次元にて表現する性質があります。絵画が好きであることで、外科に必要とされる解剖の把握も容易となっているので、外科が性に合うと感じているのかもしれません。
―結果、藤田先生は2017年には日本小動物外科専門医を取得されています。どのように研鑽を積まれていったのですか?
二次診療施設でエキスパートに学べたという環境は大きいですが、外科は病態生理の把握や診断・予後管理の知識も大切になるので一通りの外科の教科書は読みました。また外科手技に特化した教科書も出ているので、それも読み漁りました。その研鑽のなかで手術の基礎は解剖であることを再認識し、解剖学や発生学の教科書をよく読むようになりました。
内科では、診療に行き詰った時に生理や薬理といった基礎に立ち返ります。同じように外科では、解剖に立ち返るのだと思います。外科で(患部を)開けたら、自分が知らない、何かしらの解剖上の疑問が浮かびます。それら一例一例の症例で、手術後にその疑問を反芻して解決していくステップが経験として最も重要だと思っています。
例えば、術野を見て問題がないと判断をしたところを切って出血した、ということはままあります。それが何故なのか? ということを調べ上げて積み重ねていくプロセスが要求されるということです。これが、座学だけでは完結し得ない外科の難しさであると同時に魅力でもあると思っています。
さらに、外科解剖は4次元である、と考えています。 CTの登場で、手術する前にお腹の中の様子はかなり細かくわかるようになりました。3D画像も容易に作れるようになりました。でも、開腹して臓器を少しでも動かしたら、その絶対的な位置はもうCTの2次 元、3次元画像とは違ってしまう。そのとき役に立つのは「この臓器を動かしたらこっちの臓器も動く」「この臓器をめくると下にはどんな器官がある」という相対的な位置関係の理解、つまりは時間軸を加えた4次元的な解剖把握です。この理解があれば手術中に迷うことがありません。
―外科解剖について、藤田先生はVETERINARY ONCOLOGYで非常に興味深い連載を展開していますね。
VETERINARY ONCOLOGYでは腫瘍外科に絞って症例をとりあげていますが、一般外科でも私は「外科手技」と「解剖」をつなぐ「外科解剖」を頭の中に作って手術に挑んでいます。術中に外科医が何を見ているか、そしてその時何を考え、何に注意しているのか、疾患によって解剖はどのように変位しているのかの情報共有・技術共有は有意義ではないかとの思いで執筆をしています。
またこれに関連して、体の中に臓器や血管がどう収まっているか、周囲との関連を含めて理解する「膜解剖」の概念も伝えています。腹膜は臓器を背中から吊りさげ、その位置や可動域を決めています。この膜解剖の概念を、例えば若手の時期から意識し、避妊手術などで開腹した際に自分で臓器を動かして観察することを繰り返すだけでも、外科の上達が早くなるのかな、と思います。いわゆる外科の名医たちは、なぜか教科書にはあまり書いてくれませんが、こうしたことをすでに知っていて実践しているからこそうまく手術ができるのかなと思います。