獣医臨床腫瘍学のゆくえ

―雑誌「VETERINARY ONCOLOGY」では、日本オリジナルの情報提供にこだわっていきます。ここには、細谷先生をはじめとした国内のスペシャリストにご協力をいただいていますが、細谷先生は日本の獣医腫瘍臨床はこれからどう発展していくとお考えですか?
 どっちが良い/悪いとの判断ではなく、単純な現状の比較論として捉えていただきたいですが、まずは飼い主の観点からは、日本では「何でも診てくれるのが良いホームドクター」との認識があると思います。一方、アメリカでは一次診療施設で診る症例・二次診療施設で診る症例がはっきり分かれています。ですので、どうしてもアメリカと比べると二次診療が発展しにくい土壌であると感じます。

 ただその分、日本の一次診療の先生は非常に勉強熱心であり、そのニーズに応える形で多くの書物が出版されているという、一定レベルまでの勉強に関しては恵まれた環境ができています。アメリカでは専門医は最新情報は学術誌や学会から得ますし、そういった情報を一次診療の獣医師が必要とすることはありません。それに対して、日本では学会発表や学術論文のレベルの知見が商業誌に掲載され、しかもそれらのハイレベルな内容を読者に対してわかりやすく丁寧に書かれていると思います。この日本特有の社会構図は決して悪くはないのですが、欲を言えば、“一定レベル”では満足できない、「もっと勉強して専門家になりたい!」と考える一握りの優秀な獣医師のための公式なキャリアパスとして、アメリカのような専門医制度があればいいなと思います。現在アジアでも専門医制度が立ち上がろうとしていますが、そうなると一次診療と二次診療は自然と今よりも分かれてアメリカよりの状況になるのではないでしょうか。今のアメリカを見て思うのが、きっとこれからの一次診療の価値観は「自分でできるかどうか」よりも「診断を見極め、できる病院に適切に紹介できるかどうか」が重要視されるようになるのかなと思います。


―研究の分野ではいかがですか? 獣医学の進歩を二次診療施設にすべて振り分けるアメリカと比べると、ビハインドとなりそうですが?
 そのような側面があるのは事実です。ひとつの疾患をとった場合の症例数はアメリカにはかないません。ただ、これはアメリカに行って初めて認識したのですが、日本の先生方は自由な発想で研究をされており、型にはまらない、ユニークな研究が多いと感じています。「第14回 日本獣医内科学アカデミー 学術大会(JCVIM2018)」での諸先生方発表を聴講して、この思いがさらに強まりました。そして日本人の“面白い”と感じるととことんまで突き詰める気質とアジアの専門医制度が相まって、今後は世界的にもブレイクスルーする研究が出てくるのではないかと思います。


―近年、腫瘍学は国内で急速に興味がもたれ、そして発展してきた印象があります。腫瘍専門医を取りたい(腫瘍学を学びたい)と思う若い先生方も多いと思いますが、そのような方にどんなアドバイスを送りますか?
 まず、よい指導医を見つけることだと思います。本だけを読んで高いレベルにいけるのは、才能に溢れていて環境にも恵まれた一部の人だけです。普通は先生の指導を受けて初めて本に書いてあることが理解できるものです。
 さらに指導医の下にいる間は、その指導医の言うことを素直に聞くこと。教えてくれる相手を信用して学ばないと、吸収のスピードが遅くなります。まずは「鵜呑み」にすることから始め、「疑う」「気づく」という「消化」をするのは後でいいのかな、と思います。指導医が教科書と違うことを言ったとしても、そこには理由があるはずです。まずは一度言われた通りにやってみること。その通りやってみることで自然と間違いに気づいたり、状況によって正解が違うこともあると悟ることができます。

 もちろん、指導医の言うことをずっと鵜呑みにしているだけでは、指導医を超えることはできません。きちんと受け入れた後で、論文で裏とりをしたり、自分の診療した感触(経験)で指導医から言われたことを疑ってみることも必要です。ですので、週一でもいいので大学の研修医などをしてスペシャリストの下についてみてください、というのが私の体験上からのアドバイスとはなります。本当は研修医として三年なりをしっかり使うのがベストとは思います(笑)。若い間のたかだか三年間程度なんですから。


―では、その時間をとることが難しい先生方には、どのようなアドバイスを送りますか?
 たしかに院長クラスになって、「自分の病院にたくさん来る症例をもっと勉強したい」という場合にはこの方法は難しいですね。その場合は…エデュワードプレスの“Veterinary Oncology”があるじゃないですか!(笑)


細谷 謙次

2003年 北海道大学研修医
2004年 オハイオ州立大学放射線腫瘍科レジデント
2007年 オハイオ州立大学腫瘍血液内科レジデント
2009年 北海道大学獣医外科学教室助教 兼 日本獣医麻酔外科学会小動物外科レジデント
2013年 北海道大学獣医外科学教室准教授 現在に至る

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