各分野のトップランナーが、どのように学んできたのか。
そして、どのように学びを臨床に活かしているのか。

「明日の獣医療を創る」は、すべての臨床獣医師に捧げるインタビューシリーズ。
第3回は中村 健介先生です。

※本インタビュー記事は、2017年に取材した記事を再編集したものです。

エコーをちゃんとやればCTが要らないケースが山ほどある

―中村先生がエコーの画像診断という分野でキャリアを積むようになられたきっかけは何だったのでしょうか?
 私が北海道大学の獣医学部に在籍していた学生の頃、当時講師でいらっしゃった滝口満喜先生(現北海道大学獣医内科学教室教授)の影響に他なりません。私自身は滝口先生の講座に所属していなかったんですが、個々の症例について深く考え、楽しく診療をしようという先生のスタイルが好きで、また、滝口先生が見せてくださるエコーの画像を単純に面白いと感じて、先生の診療によく顔を出していました。当時、北大では許可さえもらえば学生が放課後、自由に機器を使ってエコーの練習をすることができました。ですから私も、実習犬を使って週に1~2回は同級生とエコーの練習をしていましたね。
 当時CTが広まりつつある時代でしたが、私は学生ながらにCTは設備や検査費用が高すぎるし、動物にも飼い主さんにも負担を強いる、限られた人や動物にしか役に立つ事ができない検査だと思っていました。逆に、世の中の役に立つのはCTよりも絶対にエコーだ、という確信があったんです。ちゃんとエコーをすれば、無駄なコストをかけずに診断できるようになる病気がたくさんありますから。


―とはいえ、エコーの画像診断は難しいと、多くの獣医師が口を揃えて言いますよね。
 自己流でやっていても、自分が見ている画像が何かわかるようにはなるのは難しい事だと思います。大切なのは正解を知ることの出来る環境だと思います。まず、正しくエコーの画像を見られる人が身近にいること。私もうまくできないときは滝口先生のやり方を見て参考にしました。もうひとつは、エコーの後でCT検査なり開腹手術なりをして、自分の所見が正しかったのか「答え合わせ」ができること。このふたつが揃う環境にいれば、新卒の研修医でも1~2年で驚くほど上達します。
 もっとも、こうした環境は大学病院もしくは専門施設にでも勤務していないとなかなか手に入りません。年1~2回セミナーや実習に行くだけで画像診断ができるようになるのは至難の業です。
 とは言いつつも、これは滝口先生からの教えでもありますが、大学人である限りは教育・研究・臨床の三本柱のいずれも欠けさせてもならず、それは卒後教育も同様だと考えています。従って、時間的な制限がありながらも、かつ向上心のある臨床獣医師の要望に私たち大学人は応える責務があると思っています。

 例えば5時間のセミナー実習があるとします。この5時間で腹部全てのエコーをマスターしていただくのは現実的ではないので、「少なくとも幽門だけは出せるようにしましょう」等、“普段見えていない臓器を出せるような”ワンポイントを伝えるよう心がけております。そしてこのコツの応用が、他臓器描出につながる場合があると思います。
 それでも実習を受講された先生方から「実習では良い機器を使って、モデル犬のような良い犬だから描出できるのだろう?」とよく指摘されます。「ウチの機器では無理なのだろう」と。でも、そんなことは無いのです。ただ、これを証明するには私がその先生方の病院に行き、設置してある機器を使い、その病院の症例を検査して綺麗に描出するしかないのでしょうが、現実には難しいでしょうねぇ(笑)

 しかし北海道にいた頃は、ある動物病院に近隣の先生方が集まり、その病院の機器・症例で検査実習を行ったことがありますので、ニーズさえあれば九州でも同様なことは可能だろうとも思います。とは言え、本当は大学に研修医や研究生としておいでいただくことがスキルアップを図る上では最も有効であると考えてはいますが、宮崎には研修医が少なく募集要項を出してもなかなか反響が無い、少し寂しい毎日を過ごしております。
 とにかくみなさんにエコーの経験を積んでいただくこと、そしてトレーニングを継続できる環境をどう提供できるのか、日々試行錯誤している、そんな状況です。
 現実的には、私は一般臨床獣医師全員が高いレベルで画像診断ができるようになる必要はないと思っています。「エコーでここまでできるんだ」という知識だけは知っていただく必要はありますが、実際の検査は「近隣のエコーが得意な先生にお願いをする」という形でも良いのではないか、と思います。
 その「近隣のエコーが得意な先生」というのを、願わくば私たちの下で画像診断を学んだ学生や研修医たちが担い、彼らがたくさん世に出ていくことによって、徐々に全体のレベルも上がっていく。これが理想的な形だと思っています。


―では、今現状に対応しようとする臨床獣医師にアドバイスはありますか?特に難しいと感じているのは正常像と異常像の見分け方と思いますが。
 これはもう、正常像をどれだけたくさん見てきたかにかかってくると思います。正常像が完全にインプットされていれば、異常があったときに違和感を感じ、病気の発見につながります。さらに言うと、「正常」には幅がある。この犬とあの犬の正常像は違う、つまりバリエーションがあります。だから多くの動物の正常像を経験しなくてはならないですね。成書など活用することももちろんですが、やはり体験しなければ習得しがたいものですので、エコーを行う時は常にルーチンで一通りの臓器を診ておく、というように検査の機会を増やすことが重要だと考えています。例えば、血尿が出た犬が来院したときは膀胱だけを検査しがちですが、一緒にその他の臓器も診ておくと、それらの正常像の経験値が積めます。もしくは避妊や去勢で来院される動物に格安、でなくても良いですが、「術前検査の一環としてエコー検査もしておきますね」と言って、検査させてもらうことも有効だと思います。飼い主さんにはむしろ感謝されるのではないでしょうか?先生方は練習も出来るし、飼い主さんも喜ぶ。まさに一石二鳥だと思います。