アナボリックステロイドと動物用医薬品

一方、アナボリックステロイドはタンパク同化作用や成長促進作用を利用して、牛の肥育の際の成長を促進するために使用されており、肥育ホルモン剤(成長促進剤)と呼ばれています。これを肉用牛に使用すると、肥育速度や飼料効率を改善する経済効果があると考えられており、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの牛肉輸出国で広く使われています。肥育ホルモン剤には、自然に存在するホルモンを製剤とした天然型と、化学的に合成された合成型があります。現在、牛に使用されることが世界的に知られている天然型のホルモン剤としては、17β- エストラジオール(estradiol 17β)、プロゲステロン(progesterone)、テストステロン (testosterone)があり、合成型のホルモン剤としては、酢酸トレンボロン(trenbolone acetate)、酢酸メレンゲステロール(melengestrol acetate)、ゼラノール(zeranol)などがあります。日本ではかって血中濃度が生理的な変動値以下であるとの理由で天然型の肥育ホルモン剤が使われていた時期がありましたが、現在では家畜の肥育促進を目的とした動物用医薬品は承認されておらず全く使用されていません。また合成型は過去にも現在にも国内で使われたことがありません。ところが、欧州共同体(EC)は、成長促進を目的としてホルモン作用を有する物質を牛に使用することをEC 指令により禁止し、併せて、1989 年、これらを使用した牛肉及び 牛肉製品の輸入も禁止しました。この措置は、米国及びカナダとの間で長期間にわたる貿易紛争となっています。

アナボリックステロイドをスポーツ選手が使用した場合、通常の練習で得た以上に運動能力を向上させる可能性があるため禁止薬物とされています²⁾。公正さを基本とするスポーツ競技において、ドーピングは重大なルール違反であるとともに、選手の健康そのものにも影響を及ぼす危険な行為と言えます。禁止薬物の中に合成型肥育ホルモン剤であるトレンボロンやゼラノールが含まれています。まさか動物用医薬品を使っていないだろうと思う反面、さらに筋肉をつけたいとか、記録を伸ばしたいという際限のない人間の欲望の深さを垣間見る思いです。なお、先にも記載しましたがアナボリックステロイドには多くの副作用が知られています。特に慢性的に服用すれば甚大な健康上の問題が生じる可能性が非常に高い薬物です。使用に当たってはそのことを常に頭に思い浮かべて、使用しない方策を考えて欲しいと願っています。


1)福田貞夫:競馬の薬物規制制度(アンチ・ドーピング)について.日獣会誌 61:99-103, 2008.
2)日本薬剤師会/日本スポーツ協会:薬剤師のためのアンチ・ドーピング ガイドブック 2021年版 


田村 豊 Yutaka Tamura

酪農学園大学名誉教授

1974年 酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業
1974年 農林水産省動物医薬品検査所入所
1999年 動物分野の薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)の設立
2000年 検査第二部長
2004年 酪農学園大学獣医学部獣医公衆衛生学教室教授
2020年 定年退職(名誉教授)

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