一次診療で学んだ“獣医師として当たり前”のこと

―その後のキャリアはどのように築かれたのでしょうか。
 研修医生活も1年半が経ったころ、またもや滝口先生が北大に異動してしまいました。追いかけていくという選択肢もあったのですが、二次診療しか経験していない自分はバランスが悪いという自覚があったので、「獣医師として普通のことが普通にできるようになりたい」と思い、山陽動物医療センターに就職しました。

下田哲也院長は血液学で有名だったので、「忙しくて病院にはあまりいないのかな?」と思っていたのですが、とんだ誤解でした。耳掃除から手術まですべて自分でされていましたし、誰よりも働く。そしてスタッフをとても大事にしてくれました。とても尊敬できる先生です。居心地がよくて、いつの間にか4年が経過したころ、北大で臨床教員の公募があることを聞きました。私は学位をもっていなかったのですが、教員として働きながら5年以内に学位を取ることを条件に採用してもらいました。

 下田先生に師事していたことから、大学では血液内科を担当しました。しかし、誰も私のことなど知らないわけですから、とにかく学会で発表して自分を売り込みました。他大学の先生から、「森下先生はいつも自分で発表しているけど、研修医はいないの?」と聞かれたこともありました。作戦は成功したようですね。少しずつ雑誌や講演の仕事もいただけるようになりました。


―教育についてはどのようにお考えでしょうか。
 近年、海外の教育機関を視察する機会をいただいたのですが、そこで実感したのは、学生を教育する目的が、欧米と日本ではかなり違うということです。日本の大学には、“獣医学部の学生をどういう獣医師に育てるか”という意識や制度が、あの学生をどういう獣医師に育てるか”という意識や制度が、あ
まりないように感じます。一方、欧米の獣医学部はあくまで獣医師を育てることに主眼を置いており、“どういう獣医師を育てるか”という目標も非常に明確です。そして、その目的のために先生方は相当な時間と労力を費やし、大変熱心に教育されています。学生もそれに応えて、打てば響くように答えが返ってきます。

 2019年、北大と帯広畜産大学の共同獣医学過程は、欧州獣医学教育機関協会(EAEVE)の認証を取得しました。これは、EAEVEが定める獣医師教育へと大学が舵を切ったとも理解できますが、欧州とまったく同じように教育するのがよいかについては、議論があってしかるべきです。日本の獣医大学は臨床系と基礎系の研究室に分かれ、臨床系は「基礎は獣医師なのに臨床ができない」と非難し、基礎系は「臨床は基礎研究ができない」と下に見る傾向が少なからずあるのではないでしょうか。私が学生のころには、教員にそのような潜在意識があって、それが学生にも伝播していたように思います。しかし、臨床と基礎の優位性を争うなんて馬鹿げていますし、そもそも切り離して考えられるものではないですよね。このような雰囲気は私たちの世代で終わりにして、お互いが得意な分野を認め合い補完できる建設的な関係を目指していきたいと思います。


―最後に、森下先生の今後の目標を教えてください。
 自分の専門である血液学は、地味でマニアックというイメージがあるかもしれませんが、教え方ひとつで全然変わるんですよ。その面白さを最大限伝えられるように「誰でもわかる血液学」を実践することが目標のひとつです。また大学教員として、飼い主に寄り添う姿勢を学生に示し、思いやりのある獣医師を育てることは、私だけでなく北大の全臨床教員に共通する使命だと思っています。


森下 啓太郎

北海道大学

【経歴】
2006年3月 北海道大学 獣医学部 卒業
2006年4月 酪農学園大学附属動物医療センター 内科研修医
2008年4月 山陽動物医療センター 勤務医
2012年4月 北海道大学大学院獣医学研究科 附属動物病院 助教
2017年6月 獣医学博士号取得(北海道大学)
2019年10月 アジア獣医内科学(AiCVIM)設立専門医

こちらの記事もおすすめ